「そこで何してんの?」
の第一声はそれから始まった。
「なんだ。俺がここにいるのが悪いのか」
「悪くはないけど、縁起が悪い」
「失礼なやつだな」
そう口に出してもタナトスの口元は心なしか笑っている。それは不敵な笑みでも何でもなく、どこかこの会話を楽しんでいるようで。
「何? またハーデスのパシり?」
よっ、と一声口にして座り込んだにタナトスの視線が注がれる。
「ハーデス『様』と呼べ。それから、そんな下品な言葉を口にするな」
「あれ? そんなに下品だった?」
「少なくとも普通の女が口にする言葉ではないだろう」
「タナトス『様』にもそんな持論がおありだったなんて……。初耳ですわ」
はおどけて手をひらひらさせると、タナトスを見やる。しかし、彼はそれには反応せずずっと地面の一点を眺めたまま。
――本当にとっつきにくい人。
持て余した手を膝の間に挟み、は同じように地面へと視線を移す。何の変哲もない、白みがかった土が続く大地。ところどころに過去の歴史の名残だろうか、歪んだり倒れた神殿の跡があるだけ。
彼はこの中の、何をそんなに真剣に見つめているんだろうか。
「さて、と」
小さなため息を一つ。は立ち上がると大きく伸びをする。
「もう、行くのか?」
「うん。アテネに買い物に行かなきゃ。約束もあるし」
「約束? アテネに知り合いでもいるのか?」
「ううん。ミロに荷物持ち頼んでるの」
「黄金聖闘士に荷物持ちをさせるとは……。お前もなかなかだな」
「そうよ。私は天下の様だもん」
腰に手をあて、威張るようにその身を反らす。
「威厳はまったく、だがな」
「もう! すぐにそんなこと言うんだから」
皮肉さの否めない顔をしてはいるものの、彼はよほど機嫌がいいのだろう。およそ死神とは思えないその表情は、本来の彼を知る者ならば目を丸くするに違いない。
しかし、彼女がその違いに気付くことはなく。無論、彼自身でさえも。
「いつ、帰ってくるんだ」
「ん〜。夜までには」
「そうか。気をつけてな」
一瞬自分の口から飛び出た言葉に目を丸くしたタナトスと同様に、自分の聞き違いではないかと、目の前に佇むも負けないほどに目を丸くする。
――こんなことを言う男だっただろうか。
どこか嫌味でひねくれていて、その上常に人を馬鹿にしたような物言いしかしないと思っていた、いやできないと思っていた彼の思いもかけぬ言葉にふとそんなことが頭に浮かぶ。幾度となく言葉を交わしたものの、あまりの思いやりのなさに心の中で腹を立てたこともあったというのに。
だからこそ今、目の前にいる男がその男ととても同一人物とは思えなくて。
「う、うん。いってきます」
はそれだけ言うと、慌てて坂を下っていった。
後に残されたのは、呆然としたままの男が一人。なぜ自分がそう言ったのか、その原因さえもわからずに。