「ちょ……ちょっと待っててな!」

ミロがそう言って中に入っていってから早三十分。時折中から聞こえる叫び声を聞きながら、まだ現れない蠍座の聖闘士を待って11人は天蠍宮の前にいた。

「ねえ。何してるんだろうね?」
「さぁな……」

が不思議そうに言っているのをアイオリアは流しながら、なんとも奇妙な笑顔を浮かべている。

「大方ミロのことだ。部屋の片付けでもしているのだろう」

サガが呆れ顔で言ったその時。

「ごめんごめん! お待たせ!!」

髪の毛の先に埃を少しつけて当のミロが現れた。事情を知っている者は皆そろって呆れ顔である。

「お前なあ、そーいうことは先にやっとけよ」
「な、いつもサガに片付けさせてるカノンに言われる筋合いはないぞ!」
「バーカ。それだからムウにおしおきされるんだよ」
「そーいうデスマスクだっていつも汚いじゃないか!」

言い合うミロたちをよそにはサガに尊敬の眼差しを向けていた。

「すごい……。なんでわかったの?」
「知りたいか?」
「うん!」
「それはな、怠ることなき日ごろの鍛錬の成果だ」
「嘘を言ってはいけませんよ」

ちょっと得意げに言ったサガの後からムウが覗き込む。その気配を悟ったサガは思わず数歩横にずれて。

「え、鍛錬の成果じゃないの?」
「そんなことあるわけないだろ。ミロの部屋はいつも汚いんだよ」

そう言って笑ったアイオリアを見ては頬を膨らませて。

「騙された……」

そう呟くと、ちろっとサガを睨んだのだった。



「まぁ、何はともあれ我が天蠍宮へ」

ウインクを一つ決めてミロは皆を宮の中に通す。そこは他の宮とまったく変わらない石造りの建物で、ミロのさっきまでの努力の成果が表れている。

「なんだ。ぜんぜん散らかってないじゃない」

が宮の中を見渡してふと目線を下に移して――。

「いっ……ぎゃああああああああああ!!」

およそ女性とは――いや人間とは思えない叫び声をあげて、は天蠍宮の入り口まで走っていった。その姿を呆然と見送る他の人々。そして皆での見たであろう場所を見る。そこには小さな触角を震わせて留まっている黒い虫がいた。

「なんだ。ゴキブリか」

ミロがその名を呼ぶ。彼(彼女?)はかなりビックリしたのだろう、触角を震わせたまま微動だにもしない。

「あんな叫び声聞かされたらこいつもビビるよな……」
「ある意味こいつもかわいそうだな……」

カノンとデスマスクが彼を覗き込むとやっと我に返ったのか、ささっと天蠍宮の奥へと消えていった。



それから五分後。

「イヤ! 絶対にイヤ!」
「だからもう大丈夫だって〜」
「一匹見たら三十匹いると思えっていうのよ! きっとまだいる! うじゃうじゃいる!」
「だから守ってやるってば!」

意味不明の会話をしながら天蠍宮の前で騒ぐ男女。とミロである。
他の黄金聖闘士が見守る中、必死の抵抗を試みるとそれを打破しようとするミロの激しい戦いはまだ続いていた。

「もう! 足を踏み入れるのもイヤなの!」
「だから〜」
「ヤツは飛ぶのよ? 飛行物体なのよ!」

微妙に路線から外れた単語を発しつつ、が幾分優勢な戦いはまだまだ続く。

(ったくどーしたらいいんだよ〜!)

の口撃におされていることを自覚し始めたミロは、パニック状態に陥ったままの頭で必死に解決策を探す。

(どうしようどうしよ……あ―――――!!)

ふいに空を見上げた瞬間、名案が浮かんでミロは顔を明るくした。

!」
「何よッ!」

空を指差したままでの名前を連呼するミロに、だけでなく皆がけげんそうな目を向ける。

っ! 上だよ、上!」
「上?」

ミロの行動を理解できない人間が次々に上を見上げる。そこには真っ青に晴れ渡ったギリシャの空が広がっているだけだった。
皆と同じように上を見上げていたは、ふいに腕を掴まれてその方向を向いた。

「天蠍宮の上を行けばいいんだよ!」

腕を掴んだ人物・ミロは笑顔全開での肩を叩き、そう言ってまた笑った。

「上を行くって……」

天蠍宮を見上げるとはるか上方、五メートルほどの先に柱の終わりが見える。しかし、屋根はさらにその上にあり、とてもではないが上れるような高さではない。

「ミロ……。悪いけどアレは上れないんじゃないかな……」

が苦笑してミロの方を見ると。

「大丈夫だって! 俺いっつも上ってるし!」
「はあ? 何言ってんの!?」
「だからいつも上ってるから大丈夫だって」

自信満々でそう言ってのけるミロには不安を覚えつつ周りを見る。そこには納得したり苦笑したりする黄金聖闘士の顔があって。

「ねえ。ほんとに大丈夫なの……?」
「黄金聖闘士の力を信じなさい!」

の不安はミロのその根拠のない自信にかき消されてしまった。



「じゃ、行くぜ?」
「オッケー!」

聖衣が当たっても痛くないようにマントに包まれたをミロが抱えあげる。

「お前らどーするんだ?」
「俺たちは下から行くよ」

ミロの言葉にアイオリアが笑顔で答える。そして他の皆をつれて天蠍宮へと消えていった。

後にはミロとだけが残されて。

「しっかりつかまってろよ!」

ミロの声と同時にの体が浮かび上がる。はじめはその衝撃に目を閉じていただったが、ふいに目を開けた時に見えた風景に思わず感嘆の声を漏らす。
次々と小さくなっていく景色を見ているとあっという間に屋根の上について。

「ほんとにできちゃった……」
「だからこれぐらいできるってば」

少し驚きの色を隠せないにミロは笑いかけて。
その顔にほっと安心したようにの顔もほころぶ。

「なんか、ミロの笑顔って『笑顔!』って感じだね」
「ん? どういう意味?」
「笑顔の見本みたいなの」

そう言って笑ったに思わずミロは見ほれてしまって。

「どうしたの?」

ふいにに聞かれて笑ってごまかす。そして照れ隠しのようにふいに上を向いて。

「皆、待ってるし降りるか?」
「うん!」

首に抱きついてきたを抱え直すと、ミロはもう一度空を仰いで、天蠍宮の裏側に向かって身を躍らせた。


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