「いやー、兄さん待ちくたびれちゃったぞ」

爽やかな笑顔全開でアイオリアの背中をどつく男。アイオリアの実兄であり、聖域の英雄。そして人馬宮の主、サジタリウスのアイオロス。
……これはあくまで表向きの顔である。

その実態はどこまでもお気楽極楽な若いオヤジ。先のことはあんまり考えない典型的なラテン系。

「おや、こちらのお嬢さんは?」

やっとの存在に気付いたアイオロスは、の方に向き直ると恐いぐらい爽やかな笑顔を放った。

(ま、眩しい! 笑顔が眩しいわ!)

その笑顔に圧倒されながらも勤めてさわやかに。

「初めまして。です」
「よろしく! 俺は射手座のアイオロスだ!」
「よろしく〜」
「いやいやこちらこそ〜」

あはは〜とお互い笑い合って握手をする。
ひとしきり自己紹介などをした後、はここに来てからずっと疑問に思ってたことをぶつけた。

どうして聖衣を着ていないんですか、と。
それに笑顔でアイオロスは答えた。

「それよりなんでみんな聖衣を着てるんだ?」

それに答える者はいなかった。いや、あまりにも驚いて答えられない、というのが真実か。皆一様に口をぱくぱくさせ、そんな中、一人だけアイオロスだけが不思議そうに首をかしげる。
しかし、それもほんのわずかなこと。

「に、兄さん!」
「お前、死んでた間にネジ飛んじまったのか!?」
「アテナの前では正装するのが当たり前だろう!」

口を開いたが最後、皆の絶叫が人馬宮にこだますことになった。



「もう、着るなら着るって教えてくれよな」
「いや、まさかお前がそこまで常識外れだとは思わんかったのだ」

ため息をついてサガは頭を抱えた。

「でもおもしろい人ですね〜」
「そうか? そんなに言われると嬉しいな!」

真性バカか……。いや、昔から少し思わせる節はあったが。
そう思っている黄金聖闘士たちの横で、アイオロスはにかなり興味を持ったのか色々聞き出していた。

自分のことをニコニコしながら話していたがふと壁に凭れかかった瞬間。

「うわッ!」

今までそこにあったの姿は消え、代わりに現れたのは直径一メートル半は裕にある大穴。

伝説のアスレチックの入り口である。
即座にそれだとわかった黄金聖闘士たちは穴にかけよると。

「おい、大丈夫か〜?」
「ケガはありませんか?」

など口々に穴を覗き込んではの安否を確認する。

「もうみんな大袈裟だなぁ。これくらいの穴、聖闘士だったら大丈夫じゃないか」
は一般人だ!」

爽やかに言い放ったアイオロスに黄金聖闘士10人の鉄拳が飛んだ。



かくして、アイオロスとゆかいな仲間たちによる救出作戦が開始された。
穴から二メートルほど下の段に落ちたおかげであまりケガもしていないようで、のぞきこんだ穴の中、ぶんぶんと手を振るに目がけて、黄金聖闘士数人が綱となって先頭のアイオロスを下ろしていく。

「ほ〜ら、もう大丈夫だぞ」

子供を持ち上げるようにの脇を掴み、ようやく救出成功。すかさず、全身を見渡してケガがないか確認をする。

「何だか子供みたいだな」

ふいにアルデバランが言うと、その光景を見ていた皆が噴出す。確かに、百八十センチを裕に超える男に抱えられる百五十センチ代のは確かに子供のように見えなくもない。

「じゃあ、兄さん特製の『高い高い』をしてあげよう」

(特製の高い高い?)

そうが思った瞬間。

「いッ……ぎゃああああ!」

の体は軽やかに人馬宮の天井目がけて舞い上がり、ぶつかる寸前で今度は重力に従って落下運動を始めた。
自分がどんな状況かもわからないうちに上昇して落下して。やがてアイオロスに受け止められたは、思わず、アイオロスにしがみつく。

「どうだ? 楽しかったか?」

楽しかった、と言わなければどうなるのだろう。そう瞬時に考えをめぐらせたはただ無言でうなずいた。

「おい、それはジジイの持ち技じゃねぇか」
「人の師をジジイ呼ばわりしないでください」

すかさず突っ込んだデスマスクにムウの返しが入る。

「いや、これは元々アテナ用に俺と教皇が考えたもんなんだ」
「は?」

思わず聞き返した彼らにアイオロスは笑顔のまま、昔アテナがなかなか泣き止まなかったこと、これをすればすぐに泣き止んでくれたことを語りだした。
どこか遠くを見つめるように、昔の思い出を語るアイオロスに対して、皆は言葉を発することもなく突っ立ち。

数分後。微妙な沈黙をやぶったのは沙織だった。

「私はそうやって育てられたんですね……」

呆れ顔のまま、今にも倒れそうな声で言った沙織に対し。

「そうですよ。またやってあげましょうか?」
「いえ、結構です」

沙織はNOと言える人間だった。アイオロスの誘いを丁寧に断り、少し青ざめた顔のまま。

「皆が待っています。次へ行きましょう……」

そう言ってふらふらと歩き出した。

「あ、待って!」

がアイオロスの腕をすり抜け沙織を追いかける。それに他の黄金聖闘士たちもぞろぞろと続く。
その姿を満足げに見つめるアイオロスの横にアイオリアが歩を合わせて。

「兄さん、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん、なんだ?」
「あのさ、あの『高い高い』って昔、俺たちにもしてたよね……?」
「ん? ああ、あの頃はたまに失敗もしてたけどな」

まあ、お前たちだからいいだろ、とアイオリアに笑いかける。その言葉に一瞬、アイオリアの顔に複雑な表情が走った。だが、それもさっと消え。

「うん。ありがとう……」
「いや、礼には及ばんぞ」

どこまでもあっけらかんとした兄の横で小さくため息をついた。

その頃。最前列で沙織も同じようにため息をついていたりする。
微妙な空気を纏いつつも、一行は目の前にそびえる次の宮へと向かっていった。


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