処女宮を目指して、たちは颯爽と階段をのぼっていく。気分のいいは鼻歌なんか歌いながら。

「がんだぁらッ がんだぁらッ♪」

「何だその歌?」
「インドにまつわる歌v」
「へぇ」

日本にはそんな曲もあるのか、とミロが関心を示す。
次の宮の守護者がインド出身だと聞いて、の頭の中でリピートする曲。実はただのドラマの主題歌なのだが。

「そーいえば聖域ってアジアの人少ないんだね」
「言われてみればそうだなあ」

ふとが口にした言葉にミロも考え出す。

「でも黄金聖闘士の中だけでも三人はいるぞ」
「いや、教皇も合わせると四人だ」

いまだうんうん唸っているミロに代わって、サガとカノンが答える。

「そんなにいるんですか?」
「そうだな。シャカとその次の宮の老師、それにムウと教皇のシオンがそうだ」
「え? ムウってアジアなの?」
「ええ。チベットです」

さり気なく横に来ていたムウがやんわりと答える。

「顔立ちが違うからわかんなかったよ」
「でも、生まれも育ちも立派なアジアですよ?」
「アジア友達だねぇ〜」
「そうですね」

『アジア友達』ということばにミロが反応する。

「俺だってアジアくらい行ったことあるぞ?」
「じゃあ、ミロもアジア友達〜」
「そんなん言ったら黄金はみんな任務で行ったことあるじゃないか」
「それはそうだけどさ」

アイオリアに突っこまれてちょっとむくれるミロ。それに笑い出す他の者。そんな風にわき合い合いと階段をのぼっていくと、目の前に処女宮が見えてきた。

「あ、仏さん!」

がいち早く、処女宮の前にそそり立つ仏像を指差し走り出す。

「『仏さん』って死んだ人のことじゃなかったっけ? 前、日本の刑事ドラマで言ってたぞ」
「それは隠語だ……」

呟くカノンにすかさずサガが、ムウと貴鬼以上のコンビネーションを発揮して切り返す。
だがそんな二人に気付かず、は仏像の前まで走ってくると、それを見上げる。

「おっきいねぇ〜」

がほけ〜っと見上げているとアルデバランが頭に手を置く。

「これは拝まんでもいいぞ?」

の目を覗き込んで言う。でもその顔は笑っていて。

「もうッ! そんなことしないよぅ〜!」
「とか言って拝もうとしてただろ!」
「してないってば〜!」

さらにデスマスクがをからかう。それにが応戦していると。


「人の宮の前で騒がしい。静かにしたまえ!」

中から威圧的な声が聞こえた。

「す、すみませ〜ん」

ついつい怒られると謝ってしまう。すると中でふっと笑ったような声が聞こえて、次の瞬間、目の前にこの宮の守護者が闇から浮かぶように現れた。

「なかなか行儀のよい子のようだな」
「え?」
「私がこの処女宮を守護する乙女座バルゴのシャカだ」
「あ、 です。よろしくお願いします」
「うむ。女神、長い道のり大変で御座いましたでしょう」
「え? いえ、そんなことはありませんでしたよ」

に自分の名前を告げると一瞥だけして沙織のもとに行く。沙織もまさかすぐに話しかけられるとは思っていなかったようで、少し言葉につまりながらもなんとか応対した。

(こ、この人すっごいマイペースだわ!)
(以前にも増してマイペースになったみたいね)

ふいに二人の中で同じ思いが炸裂したとも知らず、シャカは飄々と沙織の前にひざまずき。

「ところで よ」
「は、はい!」

いきなり名前を呼ばれては思わず姿勢を正す。その姿に他の黄金聖闘士たちが少し噴出して。

「今、笑った人全員挙手!!」

が叫ぶと、黄金聖闘士が皆、笑いながら手を挙げる。

「なんでみんな笑ってんの〜!」
「今の見て笑わねぇやつは人間じゃねぇよ」

デスマスクが笑いながらに告げると。

「なんだ。それでは私は人間ではないと言うのか」

ふいに横からシャカが口を挟んだ。デスマスクは少し顔を引きつらせながらもそれに答える。

「お前はある意味人間じゃねぇからな……」

(え、この人宇宙人?)

は驚愕の眼差しでシャカを見る。彼女の思考回路の方がおかしいのかも知れないが、とにかく聖域に来て信じられないものを多く見た後ではそれもおかしくないのかもしれない。
そんなをよそに、シャカはマントを翻すとの前に立って。

「君は先程から、私をずいぶん面白そうな目で見るのだな」
「そんなことないですよ〜」
「嘘を言え。顔が笑っているではないか」
「え!? そうですか?」

はシャカに問い詰められ四苦八苦する。そんなを見てシャカはまたふっと笑う。鼻で笑うのがいつもの癖のようである。

「君は私がなぜ目を閉じているのか知っているのか」

ふいにシャカが疑問を口にする。恐らく彼に出会った人のほとんどが疑問に思うようなことをこの目の前にいる少女はまったく気にしていない様子で、シャカにはそれがかなり気になったらしい。

「はい。アイオリアたちに聞きました。目を開かせちゃいけないってことも」
「こういった風にか」
「うん。――ってうおぁぁぁぁぁぁ!!」

突然目を開いたシャカには叫びながらのけぞる。祟りじゃぁぁぁ!などとわけのわからないことを口にしながら。
こけそうになるを他の黄金聖闘士たちが慌てて支えにいった。



少し落ち着いてから。

「誰が祟るというのだ」
「いえ、開かせたらすごいことになるって聞いたから――」

相変わらず尊大な態度のシャカの前で、怒られた小学生のように縮こまる姿の。それを囲む他の面々。
そんな世にもおかしな光景が処女宮の前で広がっていた。

「そんなにとんでもないことが起こるとでも思ったのかね?」
「はい」

実際とんでもないことも起こるのだが。

「……君はなぜそんなに私の腕を見ながら話すのだ」

注意がいくとそこしか見れないはさっきから気になっていた、シャカの腕ばかり見ながら話していた。
話しかけられてようやく顔をあげると、目で訴えるように、今まで抱いていた疑問を口にする。

「なんでシャカは他の人たちと違って腕が細いの?」
「なんだ。私の腕か?」

シャカは怪訝そうに自分の腕を見る。確かにすっと伸びていて他の黄金聖闘士より細い。

「君は誰と比べて言っているのだ」

例えばだ、と付け足しての目を覗き込む。もちろん開眼したままである。彼の持つその深い碧眼には半ば見とれつつ。

「きれいな目ですね〜」
「質問に答えたまえ」
「すみません……」

はへらっと笑うと、周りを見渡す。そこには黄金聖闘士の面々がいて。
その時、の視線がある一点で止まった。

「例えばムウとか」
「ほう。ムウと私がどう違うのだ」

勝手に話題になっているムウが少しその表情を動かす。は相変わらずシャカの方を見たまま、話を切り出すと。

「同じくらいの背なのにムウの方がむちむちしてるんです」
「それは私の方がすっきりしているということかな」
「う〜ん。そうなのかな?」
「ちょっとお待ちなさい!」

むちむちしてると言われたムウが、二人の会話に歯止めをかける。しかし、他の黄金聖闘士たちはの発言に笑いを押し殺していて。よく見るとシャカもかなり我慢しているようである。

「今のは少し許しがたい発言でしたね」

の方を見てムウが溜息まじりに呟く。

「だってね、ムウの腕が柔らかそう……あ」
「何です?」

はムウの二の腕をそっと触ると、途中で言葉を途切れさせた。そして少し落ち込んだように。

「……固い」

そう呟いて下を向く。ムウとシャカがそっと覗き込むと、かなり残念そうな顔をしていて。

「なんで固いんですかあ……」
「それは日々鍛錬しているからですよ」
「ほう、それは初耳だな。いつも子守りばかりしていると思っていたが」
「おや、そうですか? 貴方こそいつも瞑想ばかりしているようですが」

の頭の上で繰り広げられる静かな戦い。二人揃って微笑を浮かべているのが、さらに恐ろしさを増す。他の黄金聖闘士たちが身構えたその時。

むにっ。

シャカの二の腕を掴む手。がまた何かやらかしたのかと、全員が彼女の方を向く。しかし、の手は降ろされたまま。
次の瞬間。シャカの方を見た全員がそこに凍りついたように固まった。


「腕の柔らかさだったらシャカの方が柔らかいわね」

むにむにむにむに。

ムウとシャカの腕をつまみながらそう言った沙織は、シャカの手をペチッと叩くと。

「もう少し筋肉付けなさい」

そう言って、掴んでいた手を降ろす。

「ムウ様……?」

沙織に手を繋がれたまま連れて来られた貴鬼が恐る恐る師に話しかけても反応はなく。
あまりのことに返事もできないムウとシャカを尻目に、沙織はの手を取ると、シャカの腕を握らせる。

「お?」
「とにかく触ったらわかるわよ」

むにむにむにむにむにむにむにむに。

「ね。柔らかいでしょ?」
「うん。ふにふにしてる」

気持ちいいいね、などと言って腕を触る少女二人にさすがのシャカも絶句している。しかし彼女たちは飽きるまで彼の腕を触ると。

「じゃ、行きましょうか」
「うん」
「ほら貴鬼も早く来なさいよ」
「う、うん」

少女二人は仲良く手を繋いで、さらに、共につれていた貴鬼を半ば引きずるようにして処女宮を後にする。
後には口を開いたまま残された八人の男どもが残された。



彼らは約七分後、少女達がいなくなったことに気付き、慌てて後を追いかけることになるのだが。
そのころたちは、すでに次の天秤宮の入り口までさしかかっていたのだった。


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