どこまでも澄んだ青い空。
照りつける強い日差し。
そして優しく頬を撫でる風。
「まっぶしー!」
は思わず声をあげる。
自分の住み慣れた日本とはまったく違う異国の風景。そこはが憧れて止まなかった地中海の楽園、ギリシャだった。
降り立ったのはアテネ空港。この地特有の強い日差しに照らされて、ガラスがキラキラと輝く。
「サングラスかけないと、目を傷めるわよ?」
隣りで長い髪を風邪に靡かせながら少女が微笑む。
その言葉に慌てて持ってきたサングラスをかけると、ふと空港のガラスに映った自分を見つける。
(似合ってないなあ……)
そう思うと横にいる少女はクスリと笑い、まるで心を見透かしたかのように告げる。
「似合ってるわよ。そのサングラス」
「なんでわかったの?」
「だって、『似合ってない!!』って感じの顔してるんだもの」
少女のわざとしかめっ面をしてみる仕草に思わず笑いがこぼれる。
(こうやってるとほんと普通の女の子だよね……)
そう。隣りで同じように笑っている少女。実はこの街の守護神であるアテナの生まれ変わり。それがなぜ今、このギリシャの地に二人して立っているのか。
それは約数週間前、七月上旬にまでさかのぼる。
「ギリシャに行く? 一緒に?」
唐突に放たれた言葉には一瞬唖然とする。
その言葉を発したのは従兄弟の沙織だった。
二人は普段、離れたところに住んでいるが、お互いによく行き来をしていて、ほとんど毎月顔を合わせてるようなもの。
「で、いつ?」
「できれば八月上旬に」
確かにギリシャには行こうと思っていた。小さな頃、一冊の本に出会い、の人生は変わっていった。
手にしたのは子供向けのギリシャ神話を記した本。それは後にの聖書ともなっていく。
子供心に憧れを抱いた遠い異国の地に行くために勉強をして、外国語を勉強できる大学に入学し、晴れてギリシャ語を勉強する身になった。
語学を勉強するものなら一度は行ってみたい語学留学。自分の憧れの地に自分の実力を試しに行く。もそれに漏れず、ギリシャに留学するつもりでいた。だがそれは学校を卒業してから、と考えていて。
だから、まさかこんな大学生ド真ん中の時期にそんなチャンスが巡ってくるとは予想もしていなかった。
「確かに行きたいけどなぁ……。一ヶ月ちょっとか」
大学の休みが明けるのを計算に入れて大体の宿泊日数を割り出す。
「ううん。かなり長く……。そうね、最低半年かしら」
「は?」
「だから強制はしないけど、できれば一緒に行きたいなって」
「でも、学校始まっちゃうよ?」
「うん。わかってる」
ふいに意味深な笑みをもらした沙織に少し疑いの気持ちを持ちながらも、目の前にぶら下げられた『ギリシャ行き』には躊躇する。
「休学のことなら私がなんとかするから。お願いッ!」
いつものワガママに慣れきっているは動じない。それでも頭の中はかなりのパニック状態。大学とギリシャを天秤にかけてうんうんうなっているのである。
十数秒後。
天秤が見事にギリシャに傾いたはゆっくりと口を開く。
その返事に沙織は顔をぱっと明るく輝かせ、に抱きついた。
「ありがとう、! 大好きよ!」
はいはい、私も大好きよ、と軽く流しながら沙織に感謝する。自分の夢を叶えてくれたこの幼い少女に。
「それでギリシャには仕事で行くの?」
「仕事? まぁそんなものだけど……」
「どんなこと? 大きな仕事じゃないの?」
微妙に話をはぐらかす沙織に問い詰める。それは彼女のことを心配してるから。そして自分が行って仕事の足手まといになるのはごめんだと考えているから。
そんなに少しうつむき加減に沙織は話を切り出す。
「ねえ。と私はなんでも話せる仲よね? それは、どんなことがあっても変わらないわよね?」
従兄弟同士で仲うんぬんというのも変な話だが、沙織のいつもとは違う雰囲気を察しては話をうながす。
それが自分の人生観や常識を覆すとんでもないことだとも知らずに。
沙織の口から出た事実はそれほど信じがたいものだった。
それは地上を守るアテナとその聖闘士達のこと。それが現代でも存在すること。沙織がそのアテナの生まれ変わりであること。
そして今回のギリシャ行きはアテナの聖闘士の総本山である、聖域に行くためのものだと。
しかし、その話の中でが一番驚いたのは聖闘士の能力。
正直、戦隊モノのヒーローよりすごいかも……と思ってしまう。
しかし、もともとがあまり深く考えない性格なので、『そんなこともあるか』と考え直す。
(世界は広いなあ。どんな人たちなのか見てみたいな……)
すでにそんなことまで考えているに向かって沙織は続ける。
「ここのお屋敷にいる星矢達も聖闘士なの」
「えぇ!? うそ!」
ついつい叫んでしまったは普段の彼らの姿を思い浮かべる。
(なんの変哲もない中学生だよね!?)
いかにも『正義の味方です!』という感じの聖闘士像が出来上がっていたの驚きは大きい。
ちなみにの中での『正義の味方』は、マントをはためかせて悪を倒す全身タイツの人間である。近からずも遠からずといったところか。
しかし、がここに来た時によく話す、星矢、瞬、紫龍、氷河の4人は特に変わった感じではない。
まあ、氷河に至っては外見が違うが、ハーフだと教えてもらったのでそんなに違和感はない。
「信じられないよ! みんな普通の子じゃない」
「一応、表向きは、ね」
「たまーに私と同じくらいのお兄さんがいるけど……。あの人も?」
「どんな人?」
「なんか、眉間に傷のある怖そうな人!」
が言っているのは一輝のこと。それに気付いた沙織は思わずふきだした。
「な、なに笑ってんの?」
「ふふっ。彼は一輝って言って瞬のお兄さんなのよ。そうね、もちろん彼も聖闘士よ。それに」
一瞬言葉を切って、いたずらっぽい瞳での顔を覗き込む。そして、衝撃の一言を。
「彼はまだ十五歳よ?」
「な、なんですとー!?」
彼らが聖闘士であることよりも一輝が五歳も年下であることに驚く。
(嘘だわ……。どう見てもあれは成人の顔よ。ううん、でも沙織が十五というからにはきっと十五なんだわ。――わかった! きっと驚くほどのふけ顔なのよ、西洋人も真っ青になるぐらいの!)
心の中で、全世界の西洋人を敵に回しそうなことを思わず考えただった。
つい最近のことを思い出しつつ沙織と話していると、目の前に一台の車が止まった。
この日差しを受けて黒く光るボディ。磨き上げられたバンパー。いかにも高級車といった感じのその車体には見慣れたグラード財団のマークがついていた。
「さ、行きましょ!」
促す沙織と一緒に車に乗り込むとアテネ市街を抜けていく。窓をあけると心地よい風と少しほこりくさい車の臭い。
アテネといえばギリシャ最大の都市。車の量もハンパではない。
(あ、ショッピングビルとかある。やっぱどこも都会は一緒なのね)
ギリシャに違う印象を持っていたので少しがっかりしながらも、街の郊外に建つ白い大理石でできた家を発見しては子供のようにはしゃぐ。そんなを見ながら沙織は少しほっとため息をついた。
正直沙織は今回のことに不安を抱いていた。一般人とは生活も考えも違う『彼ら』が彼女と打ち解けられるのか、と。だが、余計な心配だったと考え直す。自分の信頼するなら大丈夫だ、と。
彼女たちの目指す『聖域』は目前に迫っていた。