「まったく。私が来なかったらどうしてたんですか」
サガが執務室へと消えた後、そっとため息をついたのはムウ。
もちろん先ほどの『お母さん』である。
「だいたい貴方たちはいつも無計画で…」
そう言って珍しく愚痴をこぼすムウをアルデバランがたしなめる。
確かに先ほどの失態を考えれば愚痴もこぼしたくなるものだが、
今はそんなことで言い合っている場合ではない。
「とにかく、カミュへの連絡は済んだ。後はあいつらの出方を待つだけだ」
ようやく落ち着いたデスマスクがそう言うと、どこからともなく安堵の息が漏れる。
「こうなったのもすべて…」
「まぁまぁ、済んだことだし構わないではないか」
なお恨みがましくつぶやいたアイオリアをたしなめるのは、もちろんアルデバラン。
「それで、カミュからの指令はどうなんですか?」
思い出したようにムウが呟く。
「とにかく全員で風呂場の方に向かえとのことだ」
「なるほど。最後は全員で襲いかかるってわけですか」
カミュの指示の意図をくんだムウはボロギレの端を翻し。
「じゃあ、私は先に持ち場に戻りますから」
そう言うと同時にふっと姿を消す。
「…俺たちも風呂場にいくか」
ミロが呟いたのをきっかけに他の全員もそっと移動を始める。
ムウの名演技あってか、この騒ぎ元凶のミロもお咎めなし、という形で。
「ねぇ、妙に寒くない?」
が呟いたのは、皆で風呂場で待機している時だった。
「そりゃ風呂場だしなぁ」
「秋も深いんだし、ある程度はな」
「でも、なんか違うのよねぇ…」
周りの空気はどことなくひんやりとしていて、これからの演出には欠かせないのだが、
その反面、違和感があることも否めない。
しかし、所詮一般人のにその原因はわからなくて。
「ところでアフロディーテ。バラは準備してあるんだろうな」
「当たり前だ。この私の計画に抜かりがあると思うのかい?」
ふいに問いかけたカノンにアフロディーテは失敬だと言わんばかりに髪をすく。
演出なのだが、普通いきなり風呂桶にバラが浮かぶのは気持ちのいいものではない。
多少、耽美の感が過ぎるような気もするけれど、確かに名案でもある。
「それよりもカミュたちはどうなっているのだ」
ふいに呟いたシャカの一言に、
たちは執務室の屋根に隠れている者たちの存在をようやく思い出したのだった。
「童虎、少々寒くはないか?」
「ふ…。年老いた身には少しの寒さも堪えるもんでの」
「二人揃って何をおっしゃってるんですか」
軽く足踏みをしながらそう話していた童虎とシオンにカミュの一言が飛ぶ。
「とにかく、サガは今我々の下にいるんですよ!」
「わかっておる、わかっておる。しかしこう様子を見ているだけでものぅ…」
「そうだ!いつになったら私の華々しい姿で奴を追い詰めることができるのだ!」
「お…落ち着いてください、教皇」
今にも暴れだしそうなシオンを羽交い絞めにしたアイオロスは、
先ほどいなくなったムウの到着を今か今かと待ち続ける。
先ほど『少々失礼』と言ったきり消えてしまった彼も、そろそろ戻ってきてもいい頃なのだが。
「遅くなってすみません」
ちょうどその時だった。待っていた声が聞こえたのは。
「ムウ!いったいどうしたのだ」
「いえ、ちょっと加勢をしてきたまでです」
待ちきれずに声をあげたシオンにムウは形ばかりの礼を取る。
「とにもかくにも全員揃ったのだ。サガもうまいことこの下にいることだし、始めるとしよう」
カミュの一声に全員が瞬時に緊張の色を走らせる。
手強い相手だけに油断はできない。
そう、目標のかの男は自分たちの足元に。