執務室ペンを走らせていたサガは、急に気配を感じて立ち上がる。
場所は室内ではない。
しかし、どこからか複数の視線を感じる気がする。
そう思うとサガは、用心のため部屋を後にして。
(やはり誰かいる…)
感覚を研ぎ澄ませば、そこにはやはり複数の小宇宙。
(誰だ…。何を思ってここまで小宇宙を抑えている?)
まだ見ぬ相手に心の中でそう問いかけながら、警戒をこめて声を発する。
「誰かいるのか?」
そう言った瞬間、微かではあるが息を呑む音が聞こえて。
「何を企んでいる?そこにいるのは何者だ?」
警戒を緩めないまま台座の裏へと向かう。
確かにここから聞こえた、とサガは確信していたのである。
(うわわ…。サガが来ちゃうよ…!)
(くそッ!予定変更か!)
(どう対処する?)
(とりあえずミロあたりを…)
(馬鹿!俺が出て行ったら一発で俺だってバレちゃうじゃないか!)
(じゃあ誰がいいんだよ!)
(この場合、姿のわからない者が行くのが一番だと思うが)
(っておい!それってつまり俺か貴鬼しかいねぇじゃないか!)
(しょうがあるまい。その格好にしたお前が悪いのだ)
(元はと言えばお前がでけぇ声出したからだろうがよ!!)
5人がまるで怪電波のようにテレパシーをやり取りする間にもサガは近付いてくる。
それは彼の警戒を含んだ小宇宙が近付くことで手に取るようにわかる。
(かなり警戒されてるぞ)
(いや普通は警戒するだろう)
(いや、そりゃそうだけど!)
馬鹿正直にごもっともだと頷いたアルデバランに返しながらミロは、
頭の中で必死に作戦を練っていてやはり、一つの結論に達した。
(ここは一つ貴鬼に頼むしかないな!)
(えぇっ?!おいら一人で?)
(ムウがいれば親子ゾンビだったんだがしょうがない)
(そんなぁ!)
一瞬泣きそうになった貴鬼の頭をアイオリアがそっとなでて。
(貴鬼。これは真の聖闘士になるための第一歩だ!)
そんなわけのわからない説得を試みたところ。
(…おいらがんばるよ!!)
…単純に説得されてしまった貴鬼だった。
カーテンの奥で気配を感じたサガは迷わずそちらへ向かう。
この先に通じるのは女神神殿。
いるべき者はただ一人アテナだけだが、彼女は今日本にいる。
ならば、この時間にこんな場所にいる者は、何かよからぬ思考を持った輩…!
そう合点してサガがカーテンを引き払おうとしたその時。
「なっ…?!」
足元にいきなり現れた者を見て、サガは瞬間声をあげる。
足元にいるのは子供。しかしただの子供ではない。
「…坊や。どうしたんだい、その顔は」
見上げた子供の顔にいささか驚きながらも、サガはその子供に視線を合わせて問いかける。
しかし、顔をあげた子供の目は虚ろなままで。
「…返して」
「は?」
「…を返して」
「すまないが、もう少しはっきり言ってもらえるかな?」
サガが子供の言うことを聞き取ろうと、耳を傾けた瞬間。
「お…僕のお母さんを返して!!」
いきなり子供の口から発せられた言葉にサガは言葉を失う。
「僕のお母さんを返してようぅぅぅ!」
目は虚ろなままそう叫ぶ子供に、さすがのサガも不気味さを感じずにはいられない。
「ぼ…坊や…。君のお母さんのことはよく知らないが…。お母さんを探してるのかい?」
自分でも素っ頓狂な問をしていると思いながらも、
努めて冷静に子供に視線を合わせると、子供は無言で頷く。
「迷子なのかな?」
「ううん」
「じゃあ、どうしてこんなとこにいるんだい?」
「お母さんがいるからだよ」
「悪いがここは聖域だ。君のお母さんはいないよ」
「ううん。いるよ」
あくまでいると主張して止まない子供にほとほと困り果てたサガは、
普段のあの微笑をたたえながらも、少し問いかけを変えることにした。
「どうしてここにお母さんがいると思ったのかな?」
あくまで冷静に、子供が怖がらないように。
「一緒に迷い込んでしまったのかな?」
「それとも、何か聖域に用事があって来たのかな?」
まるで交番のおまわりさんのように、子供に質問するサガではあるが、
内心はこの子供の姿の不気味さに少し警戒していることは確かで。
子供の次の答えを待とうとしたその時、子供がすっと顔を上げて。
「お母さん!」
子供はサガの後ろに視線を向けてそう叫ぶ。
それにつられてサガが後ろを向いた瞬間。
「どうして私たちを殺したの!!」
甲高い声が目の前に現れた者から発せられる。
「な…何を…!」
サガが慌てふためく中、背後では子供がまた甲高い声をあげて。
「お母さん!お母さん!!」
「どうして!私たちが何をしたの!!」
いきなりこのような展開になっては、黄金聖闘士ともいえども落ち着きは失って。
「何を言う!私は何も…!!」
とりあえず落ち着かねば、とサガがふっと目を閉じた瞬間声が消えて。
「な…。ど…どこに…?」
不思議に思って目を開くと、先ほどまでいたはずの二人が見当たらない。
「馬鹿な…。私は夢でも見たというのか…?」
そう呟いても誰も答えるものはなく。
サガの拍子抜けしたような声が、静かな教皇の間に響くだけだった。