聖域の夜は早い。
元々娯楽が極端に少ない地のためか、
午後8時を回ると人気はなくなり、夜の静寂に包まれる。
ましてや今夜は、十二宮の守護者達が揃って出払っているのだ。
静かでないわけがない。
そして、その守護者達はどこへいるかというと…。
思い思いの格好をして、息を潜めてじっとしているのだが。
場所は教皇宮。
おばけたちの夜がいよいよ本格的に始まろうとしていた。
(カミュ。聞こえるか?)
屋根裏で息を潜めていたカミュの脳内に声が響く。
その声はデスマスク。
標的のサガに悟られないよう、最小限の小宇宙を放って語りかけてくる。
(ちゃんと聞こえている。そっちの様子は?)
(どうやらそろそろ仕事が終わりそうだ。こっちも準備に入る)
(わかった。初めが肝心だ。首尾よく進めてくれ)
(了解!)
デスマスクの声が聞こえなくなると、あたりはまたしんとした静けさ。
その中、カミュは一緒にいたムウ、カノン、童虎、シュラに目配せをする。
無言でうなづいた4人は、先ほどにも増して緊張感を露にした。
場所は変わって教皇の間。
どっしりとした台座の裏にはアテナ神殿へと続く階段。
そして、そこに腰を下ろしているのは、
先ほどのテレパシーの張本人デスマスクと、貴鬼、アイオリア、アルデバラン、ミロ。
彼らはこの計画の第一波となる。
そのためか普段とは違い、誰も彼もがまるで敵地に赴く戦士のような顔をしていた。
突然、緊張に張り詰めていたデスマスクの横で静かに動く気配がする。
ふとデスマスクがそっちに目をやるとこちらを見てくる貴鬼と目があった。
そして頭の中に響く声。
(ねぇ、蟹のおじちゃん)
(おじちゃんじゃない!お兄さんだ!)
思わず訂正をいれたデスマスクに軽くうなづくと、貴鬼はまたテレパシーを送ってきた。
(ごめんよ。おいら、おしっこに行きたくなってきた)
(………えぇぇっ?!)
一瞬間を置いて、思わず叫びそうになったデスマスクは息を止める。
その動きを不審に思ったのか、アイオリアが話しかけた。
(おい、デスマスク。静かにしないとサガにバレるぞ!)
厳しい表情のまま、そうテレパシーを送ってきたアイオリアにデスマスクは無言で首を振る。
(違うんだよ!このちびっこが…)
(アイオリア、おしっこ)
(………な…何ィ!!)
明らかに慌てた表情を見せたアイオリアを今度はミロが突っつく。
(なんだよさっきから!何かあるのか?!)
(いや、貴鬼が…)
慌てふためくアイオリアと気になって問い詰めようとするミロを見て、
小さくため息をついた貴鬼は、最後の頼みの綱でもあるアルデバランを見る。
(牛のおじちゃん…。おいら…)
(なんだ?トイレに行きたいのか?)
その声を聞いたとたん貴鬼の表情が変わる。
(なんでわかったの…?)
(なんとなくだ。もう少しの辛抱だからいい子にして待ってるんだぞ)
(…うん、わかったよ。おいらがんばる)
急に動きを止めた貴鬼に残りの3人が視線を注ぐ。
(おい、大丈夫なのかよ?)
(が…我慢できるのか?)
恐る恐る聞いたデスマスクとアイオリアに貴鬼は強くうなづく。
そんな中、一人状況がわからないミロが。
(貴鬼。どうかしたのか?)
そう、貴鬼にテレパシーを送る。
それを受け取った貴鬼がミロの方をくるりと振り向き。
(あのね、おいらおしっこ…)
「出ちゃったのか?!」
いきなり石の階段に響き渡るミロの声。
状況を知っている3人が慌ててミロの口を塞ぐも、時すでに遅し。
盛大に響いたミロの声は、いくらか残響を残して消える。
(お前バカか!!)
(声を出すやつがあるか!)
(何のためにここにいると思ってるんだ!!)
3人から怒涛のようにテレパシーを受け取ったミロは、少しパニックになりながらも慌てて謝りを入れる。
(ごめん!あまりにもビックリしちゃって!)
(ごめんじゃねぇだろ?!サガに聞こえるだろうが!!)
(俺たちが失敗したら全部ダメになるんだぞ!)
なお抗議を続けるデスマスクとアイオリアの肩を、アルデバランが急に叩く。
振り向いた二人の先には視線を横に向けるアルデバランと貴鬼の姿があって。
全員がそちらに視線を送ったその時。
「誰かいるのか?」
静寂の中に、聞きなれたサガの威圧するような声が響いた。