「はぁぁぁぁ……」
足元にある体重計の目盛りを見て、はため息をついた。
「どうしよう。また増えてるよ……」
ほんの僅かだが、その目盛りは前回よりも大きな数値を示している。この僅かこそがにとっては曲者で。
「どうして減らないのかしら……?」
「食っては寝ての生活なのだから当たり前だろうが」
「そうね〜。やっぱりちょっとは運動も――」
普通にそこまで言いかけて、は声の主に気付く。その覚えのある声に恐る恐る後ろを振り返り。
「何勝手に入ってきてんのヨ!」
の目前十センチに迫った麻呂眉を見て絶叫する。心なしか心臓が速く打っているのはドキッと恋の予感――であるはずがない。自分一人だと思っていた室内に突然、男が息を切らしつつ立っていて、驚かない女性はいないだろう。
しかし、次の瞬間その人物の姿を見て呆れとも嘆きともつかないため息を一つつく。
現れた麻呂眉……もといシオンはなぜか汗びっしょりで。
「何なの、その汗。暑苦しいんだけど」
「私に向かって『暑苦しい』とは何だ。ほんの少し走ってきただけだろうに」
「ちょっと走ってそんなになるの……?」
怒りの矛先を変え、顔をしかめるにシオンはあくまで尊厳な態度は変えず。
「理由は後で話してやるから風呂を貸せ」
そう言うと、を風呂場から追い出しローブを脱ぎ散らかして浴室へと消える。タオル一枚で部屋に放り出されたがはたと気づいた時には、すでに浴室からシャワーから流れる水の音とシオンの鼻歌が聞こえていた。
「お前の洋服はちときついのだ」
そんなことを言いながらフリーサイズのTシャツにこれまたフリーサイズのジャージという、恐らく今まで一度もしたことがないような格好でシオンは我が家のようにソファで寛いでいる。
「しょうがないでしょ。それが一番大きいの」
「私には小さいのだ。しかも何なのだ、このわけのわからんシャツは」
「だったら着るな」
「馬鹿者。着てやってるのだ」
いつも通り、漫才としか思えない会話を繰り広げながら、二人でゆっくり茶をすする。シオンのローブはといえば、上に羽織っていたいかにも高級そうな物を除いて洗濯中である。
「それにしても最近の洗濯は楽だな」
その言葉にがふとシオンに視線を移す。
「これだから、寝てばかりで余計脂肪がつくのだ」
そう、きっちりと嫌味を言いながらにやりとシオンが笑う。あながち外れていないだけにうっと言葉を詰まらせたに、さらに追い討ちをかけようと彼が口を開いたその時。
「教皇! こんなところにいらして……って何ですか、その変なTシャツは!!」
「来たとたんそれか」
の突っ込みをさらりとかわして現れたのは汗びっしょりのアイオロス。その顔を見た瞬間、思わず腰を浮かしたシオンだったが、すでに居場所がばれてしまった以上、逃げるのも面倒だとソファに座りなおす。
わけがわからないのは、突然の侵入者を迎えた。ただならぬ形相のアイオロスと、どこか居心地の悪そうなシオンを見比べては首をかしげて。
「何か用?」
そうのんびりとアイオロスに問いかける。ようやく息を整えたアイオロスは、いつもの輝かしい英雄スマイルでそれに答えた。
「なぁに。教皇を探しに来たんだよ」
「ふん。何が探しに来ただ。先ほどまで私を追いかけ回していたではないか」
ソファにふんぞり返ってシオンが言うと、アイオロスは少し頬を膨らませて。
「それは教皇がお逃げになるからですよ」
「逃げたのではない。少し職務を離れただけのこと」
「光速で走った挙句、テレポートで巻いたのはそっちではありませんか」
「巻かれるお前が悪いのだ」
押し問答のような会話の末、アイオロスが大きく口を開いた。
「とにかく! 今すぐ仕事に戻っていただきますからね!」
その一言でケリはついた……と思われたが。
「そうだ!」
いきなりシオンが出した大声にとアイオロスはびくっとなる。それにも構わずシオンは意気揚々として。
「今からの減量に付き合わなければならんのだ!」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
あまりにも唐突な言葉に驚いて、口をそろえた二人は互いに顔を見合わせる。しかし、その二人に気もかけずシオンはさらにこう続けた。
「よって職務に戻るのは不可能!」
(そこまで仕事したくないんかい!)
思わず突っ込んだの意思とは関係なく、某水戸のご老公のようなシオンの笑い声と共に『ダイエット大作戦』は幕を開けたのであった。