冴え冴えたる新月の君に恋焦がれ
晴れた新月の夜が好きだ。
窓から入り込む月の光が無く、穏やかに眠れる。
誰も来ない。
静かでいい。
ゆっくりと時間が流れていく。
だけど、身体の不安は消えない。
胃の底からだるさがせり上がってくる。
小さい頃イタズラして釣鐘の中で聞いた音のように鈍い頭痛が絶え間ない。
こうして横になって目を閉じていても、視界がぐらぐらと揺れる感じで呼吸するのも少し辛い。
昼間に透析したばっかりなのに。
今も機械が回っているのに。
チューブを刺したお腹がじくじく疼く。
痒くて我慢できなくて、さっきからナースコール押しているのに看護士さんはちっとも来てくれない。
鏡…見たくないなぁ…。
今朝洗顔した時、目の下に大きな隈ができてた。
顔色も紫だったし、どっからみても健康には思えない。
頬肉が少なくなっているのに顔が浮腫んで、そのうちパンパンに腫れてしまうんじゃないかと思う。
「もうやだ…」
寝言みたいにぽつりと呟いた。
そっと、誰かが私に触れる。
やっとナースコールが来たのかと思いきや、その手がやたらに冷たくてビックリした。
でも、額に当てられた大きな手はぐらぐら揺れる私の頭を止めてくれたみたいに、スッと痛みが引いてった。
誰だろう?
冷たくて大きな手…男の人だ。
でも、内科の看護士さんに男の人はいないはず。
前にお世話になってたICUには、出っ歯の看護士さんがいたけれど。
その人が来てくれたのかな?
うっすら、目を開けてみる。
ぼやけて滲んだ視界に、私の身体は時間をかけてピントを合わせた。
月?
徐々にはっきりとしてくる輪郭の中、それはとても目に付いた。
銀色のきれいな月が私の目の前まで迫ってきたんじゃないかと錯覚するほどにとてもきれいで、暗い闇の中でその銀色だけがやたらに目に付いた。
ぼんやりしていた視界がはっきりしてくる。
見たことも無い男の人だった。
長い銀色の髪で、黒い布を被っている。
薄闇のなか、ボーンチャイナの花瓶みたいな色の顔が、私を覗き込んでいた。
不思議とその人がそこにいることになんの違和感もなかった。
なんて…なんてきれいな人なんだろう。
さらさらと私の頬を水銀灯の光を反射する絹糸みたいな髪が撫でて、神様が作った人形のようにきれいな顔が、薄い色の目が、私を見ていた。
芸能人でもこんなにきれいな人はいない。
ただただ、そんな人が私の傍にいることが、夢かもしれない、でも夢でもいい、嬉しかった。
「あなたは?」
その人が何も喋らないから、私は尋ねた。
「タナトス」
抑揚無く、眉一つ動かさず、その人は答えた。
ああ…なんて心地良く響く声だろう。
低く、そして魂を揺さぶられる声。
「そなたは?」
「」
「死にたいか」
「うん」
「何故だ?」
「パパとママがね、ドナーが見つかるまで頑張ろうねって言うの。でも、もう十年待っているけど、ドナーがいないの」
「どなー…?」
「私に腎臓を提供してくれる人。本当はパパかママが提供してくれるはずだったんだけど」
「できないのか?」
「私ね、養女だから。パパとママとは血が繋がってないの。本当のパパとママは知らない。だから誰も私に腎臓を提供できないの」
「今望むことは?」
「頑張るのに疲れたから休みたい」
「もしも今健康な身体を…いや、それ以上の身体を得られるとしたら、よ、そなたは私と共に来るか?」
「え?」
「家族も友人も全て捨てて私と来るか?」
「行く」
「まぁ」
あまりに珍しい人がいたので私は思わず声を上げてしまった。
人…ではない。
数日前のあの日人だと思っていた、私が永遠に心酔する新月の神。
「タナトス様。いつ地上へ?」
「つい先ほど」
喋るのも煩わしそうに無表情のまま愛する神は答えた。
「前もって仰ってくださればお出迎えしましたのに」
「そういうのは好まん」
この方は人間が嫌いなのだ。
だから、嫌悪を顕にする。
「タナトス様」
「なんだ?」
でも、私の問いかけに答えてくれる。
他の冥闘士が…例え三巨頭であろうとも…口を利くことさえ出来ないのに。
「タナトス様がハーデス様にお仕えし、そして私も同じ主を頂けることを光栄に思います」
「私がくれてやった魔星がよほど気に入ったようだな」
「天妃星メディアのは、幾億もの人間の中から魔星として選ばれたことが何よりの栄誉です」
「覚えておけ。そなたは魔星の定めを全うできず散った人間の替わりだ」
「それでも、私はタナトス様に選んでいただけました」
何と言う至福。
何と言う恍惚。
この身を同じ主に預け、同じ場所に降り立ち、同じ空気を分かつ。
これほどまでに美しい神があるとするなら、それは我が主神、冥王ハーデス様のみ。
あぁ…溜息を零すほどに美しい。
月のように冴え冴えと輝く銀糸の髪。
陶磁器のように滑らかな肌。
古の楽園の時代から替わらぬその美貌。
断命の刃にも似た、闇夜を思わせる死の神の冥衣。
そして、私を射抜く月の瞳。
タナトス様の全てに心奪われたあの新月の日からたった数日。
私が十年以上患っていた病は魔星を受け継ぐと一瞬で消え失せ、今は数多の人間の中から百八人だけ選ばれた名誉ある闘士。
人間を堕落させしめ、この星を汚す人間をあろうことか庇護し続ける憎きアテナと、その周りを固める八十八の星座を頂いた聖闘士達を倒すことこそ、私に与えられた崇高なる使命。
タナトス様がその手で与えてくださった、誉れある使命。
「ハーデス様の命を伝えに来ただけのこと。そなたに会うつもりは元よりなかった」
どんなにか、その言葉が辛辣であろうと、タナトス様のお言葉を聞くことが出来るのはハーデス様の現世での姉君パンドラ様と、冥闘士ではこの私だけ。
それ以上の幸など誰が望もうか?
暗く光差さぬ冥府の底でも、タナトス様の御身こそ私の光。
ハーデス様の御手によって世界が浄化されし後のとこしえの楽園に冴え冴えと輝く私の月。
「私を選んでくださったタナトス様に恥じぬよう、アテナの聖闘士どもを蹴散らしてごらんにいれましょう」
「そなたに過剰な期待は抱かぬ。冥闘士の名を貶めぬよう努めるがいい」
「勿体無きお言葉…」
あぁ…頂戴した言葉のなんと暖かいことか。
身体中に漲るこの力を遺憾なく発揮し、タナトス様の、ひいてはハーデス様の満足いただける戦果を上げる時が、今か今かと待ち遠しい。
新月の夜に私を照らし出した月。
永遠に私を照らす冴えたる死の神……。
直さんのキリ番があいてるってんで「はい、私!」と挙手したところ、
タナトス夢をもらってしまいました〜vエヘへ。
元から4444HITはタナトス夢と決まってたわけですが……
タナトス夢に飢えている私にはもう素晴らしいものでして。
途中「ちょっと暗くなっちゃうけどいい?」と聞かれたんですが何のその!
暗くも美しい直さんワールド全開の素敵な作品だと思いますッ!
最初「ああ、ヒロインが痛々しくて……」と展開にドキドキしてたんですが、
まさか冥闘士になるとは……!
お、おいしすぎる。しかもタナトスとじかで話できちゃう冥闘士。そうそういないですよ。
これぞ夢小説の醍醐味といわんばかりにおいしい設定に、
何度も読み返して存分に萌えさせて頂きましたv
直さん、本当にありがとうv またそちらに出向いた際にはどうぞよろしく〜。