Le seul ami





 
足を向かわせたのは自室ではない。
冥界の隅にある小さな部屋。
決して広くはないが、女が、たった一人きりの女が暮らすには、途方もなく広い部屋。
鍵のかかっていなかったドアから容易に侵入を許され、住人以外自分しか未だ許されていない部屋へと足を踏み入れた。





リビングルームは、連れられてきたばかり故の家具の少なさから、より広さを異常に感じさせる。
リビングに音はない。
光源さえもテーブルの上の小さなランプのみ。
生活感なんてまだ生み出せない空間の片隅。
置かれている、冥界の主人によって選ばれた、趣味の良いソファーの上、この部屋の住人は小さなクッションを抱いて座っていた。
勝手に開いたドアに反応して上げられた顔には、虚ろとも言える瞳。
オレだという事を確認すると、何の色も示さないまま、視線は俯き加減に戻される。










冥界は、貴女を望んで招き入れたわけではない。

地上の女神と冥界の主人が結んだ、地上と冥界の民の為の平和協定。
それは未だ憎みあうモノ共が多い現在では、形だけのそれに近かった。
それでも、二人の支配者は架け橋を選んだ。
互いの知らぬ場所で、己の住む場所の素晴らしさを、誰も知る者の居ない場所でうたう為に。
冥界の主人は己の側で歌い踊るニンフを、地上の女神は己の側で従順に使えるメイドを。
それぞれ、他者にとってみれば、架け橋と言う名の人質へと選んだ。

決して喜ばれないままに。
決して誰にも受け入れられないままに。
貴女は、この闇の地へと単身で乗り込んできた。
全ては最初に予想していた事だろう。
この闇が自分に対する何の期待も抱いていない事。
女神に望まれた事など、何一つ一人では出来ない事。
全てを予想して、どんな辛い境遇に陥るかも覚悟していたはずだろうが、実際一人きりの異地での不遇は通常の何倍以上の苦痛になるかまでは、想像出来ていなかったのだろう。
上辺だけの愛想笑い、本心の見えない言葉しか与えられない日々。
未だ使命らしい使命を果たせない、苦痛でしかない日々は、貴女の顔から笑顔を奪い取った。

実際この場所は、貴女にとって敵か傍観者しかまだ存在しない。
平和への架け橋として迎え入れたこの地は、何の力もない女に冷めた一瞥しかくれない。
貴女の笑顔を最後に見たのは、一体何時の事なのだろう。
来訪直後、パンドラ様から身の回りの世話をするよう命じられたオレに、最初に向けてくれた笑顔は未だ離れずに胸に刻まれている。
何年も離れていた恋人に向けられるような、本当に心からの喜びと安堵を交えた笑顔。





この人の傍にいよう。





あの瞬間に、オレは貴女に誓いを立てた。
心の中、誰にも知られてはいないけれども、貴女の誰よりも傍に居る事を神に誓った。










「・・・食事は済ませたのか?」
同じソファーに腰を下ろし、自分を見ない横顔に小さく問いかける。
返事の言葉はない。
ただ、小さく首だけが振り下ろされる。
それが精一杯の虚勢である事なんて分かっているから、口に手をあてて聞かれないように溜め息を受け止める。
唯一自分の心配をしてくれる相手に、最低限迷惑をかけないようにとの気遣い。
形の無い深い闇の如き不安と寂寥に、本当ならば子供のように大声で泣いてもおかしくはないというのに。
オレは絶対に貴女を嘲る事などしないというのに。



「・・・悪い」



先に謝罪の言葉を告げた。
言葉の意図が分からず、向けられた顔には不思議そうな眼。
ニッコリその眼に微笑みかけ、強引な力でよいしょと貴女の身体を抱え込むように腕に納め、背後へと身体を移動させた。
驚きの声を上げられる前に開いた膝の間へと座らせ、クッションを抱いたままの貴女を背中からぎゅっと抱き締めた。
右手をクッションの前で組まれた両手に重ね、左手をそっと髪に滑り込ませる。
ゆっくりと髪を撫で始めると何か言いたげに開かれていた唇は閉じられ、貴女はクッションへと顔を埋めた。





人は弱い生き物。
辛い現実は虚勢を張る事で、眼を反らす事で逃げられる。
けれども、優しくされてしまえば、何処までも、何処までも何処までも、内にひた隠しにしていた弱さと脆さを曝け出さずにはいられない。





音の無かった部屋に、小さく啜り泣く貴女の声が響く。
今まで何とか補強していた箍が外れ、抑えられなくなった涙が貴女の体から次から次へと解放されて行く。










泣いてください。
オレの腕の中で泣いてください。
今いるのは、唯一弱い貴女が許される場所ですから。










「・・・後で何か作るから、一緒に食べよう」
髪を撫でつづけながら、耳元に小さく囁きかける。
腕の中の貴女は何も言わず、ただ小さく一度だけ頷いてくれた。
だからオレは、薄く微笑んで、クッションに隠れていない貴女の頬にそっとキスを落とす。










これだけは忘れないで下さい。
この地の全てが貴女の敵になろうとも、オレは、オレだけは貴女の味方です。
誰よりも傍で、貴女を守ってみせますから。





だからどうか、
充分に涙を流してさっぱりした後、
クッションから上げた顔には初めて会った時のように笑顔を浮かべていて下さい。















貴女の気が済むまで、オレはこうしていますから。





 




        

END


未眞さんのサイト復活〜ということで大喜びでメールを送ったところ、
何の運命の成せる業かこんなに素敵なラダマンティスが我が家へ……!
私がお返ししたのはもういつも通りのデスマスク夢だったんですが、
こちらのリク聞いて頂けるってことで未眞さんがお好きだとおっしゃってたラダマンティスを!
未眞さん風味のラダマンティスを!とリクしていらっしゃいました、ラダマンティス様。
萌えすぎて眩暈が。

なんて男前のラダマンティスなんでしょう〜v
やはり男はパワーがあるだけではいけませんね。
こうやって人を思いやる熱いハートがあってこそ真の漢です。
未眞さんのラダマンティスはそんな漢気が溢れかえっていて、読んでいて幸せになります。
一人冥界に連れてこられて、寂しい思いをしている時にこんな素敵な殿方が
自分のことを思いやっていろいろ尽くしてくれるというのなら……私なら寂しさなんてけろっと忘れて毎日がカーニバルです。
きっとラダマンティスも逃げていきます(…)
だからこそ、こんな切ないお話で現実逃避を……とそれはあまりにもアレですが。
ヒロインの寂しさやラダマンティスの思いがばんばん伝わってくる良作を頂いてしまって私はとても幸せですv

未眞さん、本当にありがとうございました! これからもサイト更新楽しみにしております。