ひとたび顔を合わせれば。
嫌味、言い合い、喧嘩の繰り返し。

そんな二人にも、やっぱりそれなりの理由があるもので。



「もういい! もう我慢できない!」
「その言葉、そっくり返してやるぜ!」

これでもか、と言わんばかりに声を張り上げた二人に、近くにいた雑兵が「またか」と呆れた視線を投げかけた。
教皇宮の目の前、普段は静かな場所で張り上げられる怒鳴り声。もちろん、中にまで響き渡っている。何せ聖域にある建物はどれもこれも、素晴らしいまでの音響効果があるのだ。

「まったく、今日もか」

書類から目を離さないまま、シオンが愚痴る。

「どうせそのうち収まるでしょう。放っておくのが一番です」

目の前のサガが平然と言ってのける。

「あのパワーを訓練なり、勉強なりに回せばいいのに……」

思わずそう続けたアイオロスに他の二人がぎょっとしたように顔を上げる。対するアイオロスは、なぜ自分が二人の注目を浴びているのかあまりわかっていない。

「どうかしました?」
「いや、まさか……」
「お前がそんな正論を……」

さっと視線を逸らしながらそう呟いた二人の声は、アイオロスの耳にもはっきり入った。

「……俺のこと、どう思ってるんです?」

いささか寂しさを含んだその問いかけに答える者は、その場には一人としていなかった。



そんな会話が中で交わされているとも知らず、外の二人は声を張り上げ続ける。

「だいたいねえ、あんたは何に関しても私の反対をしてばっかりで!」
「お前こそ、俺が何か言うたびに頭ごなしに否定だろうが!」

そのやり取りを見ている雑兵は、仲裁をしようともせず、ただ見守るばかり。
喧嘩をしているのは一組の男女。しかし、一人は黄金聖闘士、もう一人は女神の従姉妹。もし割って入ってどちらかの恨みでも買おうものなら、恐らくこの聖域にはいられない。
どちらにしても敵には回したくない相手なのだから、ただ見守るだけしか方法はない、ということだ。

しかし、さすがにこの炎天下、怒鳴り声を聞き続けるのには限界がある。だからと言って持ち場を離れるわけにもいかない。
そろそろ終わってくれないものだろうか、とそんな考えが雑兵の頭を過ぎったその時、よく知った小宇宙が近付いてきて、彼は思わず背筋を伸ばした。

「まったく、あいつらは無駄に元気だな」

現れたのはギリシャ人特有の顔立ちをした、背の高い男だった。鳶色の髪の毛と、少し緑がかった青色の瞳。短く切られた髪の毛がこの暑い中を吹き抜けるわずかな風にさらさらと揺れている。

「……アイオロス様」
「やあ。喧嘩は終わりそうかい?――って聞かなくてもわかるか」

肩をすくめた彼に、隣りの雑兵は呆れた笑い声を立てた。もちろん、賛同の意を表してだ。

「このままだと教皇の機嫌も直らないからな」

それだけ言うと、アイオロスは喧嘩の元へと向かっていく。
そして、ちょうど目の前の二人が互いに掴みかかろうとした瞬間だった。

「ほら、取っ組み合いはご法度だぞ」

タイミングよく二人の間に割り込んだアイオロスは、二人の肩を抑えて無理矢理引き剥がす。とたんに、双方から抗議の声があがった。
しかし、それにもアイオロスは動じない。二人の怒りに満ちた顔ににっこりと笑いかけると、ぽんぽん、と二人の肩を叩く。

「いったい何があったんだ? ちょっと聞かせてくれ――」
「デスマスクが!」
が!」

こちらが言い終わらないうちに二人が声を上げる。その声の大きさに、思わずアイオロスは耳を塞ぎ、乾いた笑いをもらした。

「わかった。わかったから、とりあえず涼しいところに行こう、な?」

そう言うと、アイオロスは二人の返事も聞かず、腕を引っぱって教皇宮の中へと入っていった。
それを見ていた雑兵が、ほっと小さくため息をついたのは言うまでもない。



「なーんだ。そんな理由かあ」

二人から喧嘩の理由を聞かされ、アイオロスの口から最初に出たのはそんな言葉だった。

「ちょっと、『そんな』もんじゃないわよ! デスマスクったら買い物、買い物ばっかり言って――」
「はっ! 自分のこと棚に上げてよく言うぜ! お前だって自分の買い物のことしか言わねえくせに――」

座っていた床から立ち上がってまた掴みかかろうとした二人を慌てて座らせる。
やはり、アイオロスが予想していた通り、今回も些細なことが原因だった。
何でも、久しぶりにアテネにでも出かけよう、という話になったはいいが、行き先が完全に割れてしまって、互いに譲らないという。

「そんなの、どちらかを先にすればいいだけじゃないか」

そんな、至って当たり前のことを言ったアイオロスの意見は即座に却下された。

「あのね、狙ってるのはタイムセールなの! 早めに行かなきゃいいのは全部売れちゃうでしょ!」
「こっちだって店が開いてんのは昼間だけなんだよ! こいつの買い物に付き合ってたら日が暮れちまう!」
「何言ってんの! いっつもあんたが急かすから、さっさと選んでるでしょう? 第一、デスマスクこそ、あーでもない、こーでもないって、二時間も悩んでるじゃない!」
「お前は三時間悩んでるだろうが!」
「そんなにかかってない!」
「いーや! こないだは三時間かかってた!」

またしても激しい言い合いを始めたとデスマスクの間に挟まれ、アイオロスは深いため息をついた。
どうにかしなければ、また別の話でも喧嘩をして、どんどん騒ぎが大きくなってしまう。どうしようか、と考えたその時、少しばかりの疑問に思い当たった。

「どうして、別々に買いに行かないんだ?」

その言葉に今まで言い合いをしていた二人がはっとする。
それまで怒鳴り声が響いていたというのに、急に不気味なほどの静けさが辺りを包む。
そんな静寂を破ったのは、ほかでもない、アイオロスの言葉だった。

「要するに、二人で買い物したいんだな?」

かすかに意地悪そうな笑顔を浮かべてそう言ったアイオロスに、さっと表情を先ほどと同じものに戻して、二人がまた騒ぎ出す。

「違う! 俺はただこいつがどれがいいって聞いてくるから相手してやってるだけで――」
「わ、私だって、デスマスクがどれがいいって聞いてくるから相手してあげてるだけで――」
「わかった、わかった」

暴れだしそうな二人を何とか制して、アイオロスはさっと指を立てた。

「ならば、こうしたらどうだ?」

彼が出した案は至極簡単なものだった。要は、時間を決めて、その範囲内で買い物する。時間が過ぎたら、どんな理由があろうとも、相手の行動に合わせる、ということだ。

「一人二時間もあったら十分だろう? あとは、どっちが先に行動するか、だ」
「じゃあ、じゃんけん!」

拳を握り締めたに応じて、デスマスクも拳を握る。

「よーし。なら決まったらそれで文句は言いっこなしだ。いいな?」

その問いかけに二人が頷く。そして、の掛け声と共に始まった白熱のじゃんけんは、何度もあいこを繰り返した挙句、の勝利によって幕を閉じた。

「それで、そのタイム何とかは何時からなんだ?」
「タイムセールね。えーっと、二時からかな?」
「じゃあ、二時から四時まではの時間だ。それで、デスマスクは閉店に間に合うのか?」
「おう。閉店は六時半だからな」

少しむくれながらも返したデスマスクに、アイオロスはにっこりと笑いかけた。

「それならその後、店についてからの二時間はデスマスクの時間だ。さあ、これで解決した」

ぱん、と手を叩いて言い合いの終わりを告げる。しかし、これで全てが終わりなわけではない。

「さあ、問題が解決したんだから、これで喧嘩も終わりだ。仲直りだな」

そう言って、二人の手を無理矢理取ると、きちんと握手させる。

「……ごめんなさい」
「……俺こそ悪かったな」

ばつが悪そうに互いにそう言ったとデスマスクも、相手の言葉を聞いてふっと笑う。
考えてみれば、なぜこんな単純な解決法も思いつかずに言い合いを続けていたのだろう、と言わんばかりの顔だった。

「よしよし。じゃあ、俺は仕事に戻るからな。もう喧嘩するなよ」

そう二人に言い聞かせると、ようやく立ち上がる。かなり時間がかかってしまったが、これで万事丸く収まった。
ほっと息をついたアイオロスにとデスマスクは軽く頭を下げて笑いかけると、今まで喧嘩をしていたのが嘘だったかのように、わいわいとしゃべりながら教皇宮を出て行った。

「ほーんと、二人揃って頑固な上に素直じゃないんだからなあ」

去っていく二人の後姿を見つめながら、アイオロスはそうこぼす。それがとても愉快なのだ、と口には出さずとも、満面の笑みが物語っている。

「いいねえ、若いって」

隣りに友人がいたら「年寄りくさい」と一刀両断にされそうなことを呟くと、アイオロスもまた仕事場へと戻るべく、建物の奥へと歩を進めた。

陽気な鼻歌を、広い教皇宮の壁やその高い天井へと響かせながら。


<THE END>