揺れる金色の髪。
海を思わせる深い蒼の瞳。
母親から受け継がれた美しい外見とは違って――。
「相変わらずのぶっきらぼうさよねえ」
城戸邸の一室で高い天井を見つめ、はそう呟いた。言っているのは他でもない、この屋敷に住んでいる――もとい、居候している白鳥座の聖闘士のこと。
ぶっきらぼうなのはもう一人いるが、あいにく彼はいつもの放浪癖のせいか、今この場にはいない。
そして人懐っこい他の少年三人。だからこそ、彼のぶっきらぼうさが余計目立つのだが。
「ねえ、さん。ちょっといい?」
軽やかなノックの音と共に顔をのぞかせたのは瞬。先ほど思い浮かべていた少年とは違い、常に満面の笑みをもってに接するこの少年を見ると、どことなくほっとする気がするのだ。
「あのね、星矢たちが買い物に行こうって言ってるんだけど」
「買い物かあ。いいねえ」
「ちょうどお昼前だしさ、今日は皆でさんにおごってあげようって言ってるんだよ」
「ええ!? 大丈夫なの?」
思わずそう言って親指と人差し指で円を作ると、瞬はにこにこしながら「心配しないで」と頷く。それなら、とかわいい彼らに甘えてみることにした。
「……こんなに人いたっけ?」
街を行き交う人々を見ながらはぼそりと呟いた。
それもそのはず。時は連休の真っ只中。しかも歩いているのは普段うろついているアテネの市街地ではなく、東京の繁華街。人が多くないわけがないのだ。
それでもすでにアテネの街並みに慣れてしまったからすれば、少しの疲れも感じそうなもの。
しかし、その中を星矢を始めとする少年たちは飄々と歩いていく。何か目的地があるらしく、しゃべりながらも足は一向に止まることはない。
「ねえ、どこに行くの?」
「それはまだ内緒」
「なんでよ。教えてくれたっていいじゃない」
「わからない方が楽しみが増えるでしょう?」
横から入ってきたのは紫龍。長い髪を後ろで結わえている姿はとても十四歳には見えない。
それをぼーっと見ていたはふいにそれを口に出した。「大人っぽくなったね」と。
それを聞いた瞬間彼は目を丸くしたが、やがて穏やかな笑みを浮かべると「成長期ですから」といささか的外れながらも生真面目な答えを返した。
「俺は? 俺も大人っぽくなっただろう?」
前を歩いていた星矢が目を輝かせて聞いてくる。そのいかにも「そう言ってくれ」といわんばかりの視線には思わず噴出す。
「あんたはまだ子供のまんまよ」
「ええーッ! どこがだよ」
頬を膨らませた星矢の顔はますます子供っぽくなり、そこにいた全員が笑い声を立てる。無論、後ろから静かについてきていた彼も――。
「さあ、ついた!」
まもなく着いたのは小さなレストラン。いつの間に表通りを抜けたのか、そのひっそりした店の周りにあまり人の姿は見えず、いかにも隠れ家、といった感じのレストランだ。
「よくこんなとこ知ってるのね」
「たまたまぶらついてた時に見つけたんだよ」
「俺が」と強調して星矢が胸を張る。それに今度は「自分も一緒だった」と珍しく頬を上気させて瞬が抗議する。それに後の二人が呆れたような笑みを浮かべて――。
ふいにその姿に、いつも顔を合わせている青年たちの姿を重ねる。この少年たちも、これから五年もすれば彼らのようになるのだろうか。そんなことを頭の隅で考える。
「さん、どうしたの? 早く入ろうよ」
「う、うん」
半ば無理矢理手を引かれて入った店内は外の晴天とは違い涼しく、どこか薄暗い。しかし、それがまた店の雰囲気をよくしていて……、率直に言えば「大人っぽい」雰囲気だった。
どちらかといえば大騒ぎが好きなはあまりこんな店にはなじみがなく、少しだけい辛いような気にさえなってくる。
「僕、ちょっとお手洗いに」
席についた瞬間、そう言って立ち上がった瞬に続き、いきなり星矢と紫龍の二人も席を立つ。
「もう、お手洗いぐらい先に行っときなさいよ」
そう笑いながら言ったに困ったような笑顔を向けると三人は奥にあるドアへと歩いていった。
――さて、困った。
は目の前の少年を見て、頭を抱えたくなった。それとは反対に目の前にいる氷河は運ばれてきた水をのんびりと飲んでいる始末。こちらには注意を払うそぶりもない。
とて沈黙が嫌いなわけではない。しかし、どことなく気まずいような、居心地が悪いような。
共通する会話が少ないこともあるが、周りによくしゃべる人間の多い環境にずっといるせいか。そんなことを思いながらちらりと彼に視線を投げる。
よくよく考えてみれば、氷河と二人だけでこうして向かい合ったことはない。いつもそばに沙織や、他の青銅聖闘士の面々がいて、といった状況ばかり。だから余計苦手意識が出てきてしまうのだろうか。
――それはもともと彼が寡黙な方だというのもあるのだが。
「我が師は――カミュは、元気にしていますか」
ふいに氷河が呟いたのはそんな時だった。落ち着いた、少し低い声。急に話しかけられて、思わずびくっとしたに彼は少しばつの悪そうな顔をすると小さな声で「なかなか会いにいけないもので」と付け足した。
「も、もちろんよ。そうそう、この間も――」
これ幸いにと自分の周りで起こった出来事をしゃべる。それはにとってはただの日常生活の羅列なのだが、氷河にとってはそうではない。どこか興奮したような視線を投げかけてくる。そして――声を立てて笑ったのだ。めったに笑顔も見せない、彼が。
「楽しそうですね」
「そうね。確かに毎日いても飽きないわ」
周りも同年代ばかりだし、と言うと、ふいに氷河が顔を曇らせた。そして思いがけない言葉を言ったのだ。「羨ましい」と。
「羨ましい?」
「ええ。いつでもカミュに会えるあなたが――」
そう言って見せた顔は、どこか掴めない普段の彼ではなく、寂しさを含んだ顔。
それに気付いたが次の言葉を告ごうとした瞬間。
「ただいま〜」
そんなのんきな声を響かせて瞬たちが帰ってきた。
「二人で何しゃべってたの?」
「うーん。カミュの話とか」
「またカミュかよ! 氷河、お前ちょっと泣いちゃったりとかしたんじゃねーの?」
「す、するか馬鹿!」
「こらこら、星矢もそんなこと――」
紫龍が星矢をたしなめる。それでも笑い声を立てながら全員が席に着く。
「お前だって同じだろうが」
少し頬を赤くしてそっぽを向いた氷河を見て、瞬がくすくすと笑い声を漏らす。それに合わせても少しいたずら心を出して星矢をからかう。
今度は星矢が顔を真っ赤にして声をあげる番だった――。
「それじゃあ、気をつけて」
空港まで見送りに来てくれた彼らに礼を言い、はゲートへと向かう。楽しかった一週間もあっという間に過ぎ、再びギリシャへと向かうのだ。
「みんなも体には気をつけてね」
「大丈夫だって! なんたって聖闘士なんだぜ?」
「だから余計心配なんだってば」
ガッツポーズを決めた星矢に笑ってそう告げると、星矢が不思議そうな顔をする。横では他の三人が笑いをかみ殺している。
「もうちょっと大人になったらわかるかもねー」
「な――!」
顔を真っ赤にした星矢と三人に手を振って今度こそ別れを告げる。
「またねー。たまにはギリシャにも遊びに来なさいよ」
「ええ、そのうち」
の姿が見えなくなるまで手を振り続け、四人は展望台へと向かう。国際空港なだけあって、人の波がうねる中、それをよけながら普段のように何気ない会話をしながら。
「そういや、『カミュに会えるあなたが羨ましい』って言ったらしいな」
先ほどにやりこまれたせいだろうか、星矢が意地悪そうな顔で氷河に詰め寄る。
「だ、だったら何だ」
「いやー。氷河は寂しがりやだなあ、と思ってさ」
「お前もだと言っただろ……」
顔をしかめた氷河は口を開いたが、それが最後まで言われることはなかった。瞬の、一言で。
「違うよ。氷河は、さんのことも羨ましいんだけどね、実はカミュのことも羨ましいんだよ、ねー」
「――ッ!」
顔を真っ赤にした氷河に笑いかけながらも瞬の目はどこか意地悪い。しかし、それにも気づかないのか、星矢一人が不思議そうな顔をする。
「え? それどういう意味だよ?」
「まあ、そういう意味だろう」
隣りの紫龍がいつもの落ち着きでそう呟く。その顔には意味深な笑みを浮かべて。一人だけわからないのが悔しいのか、星矢は頬を膨らませてると、うんうんとうなってその意味を考える。
そんな中、氷河にそっと歩み寄った瞬は。
「でも、二人っきりでいっぱいしゃべれてよかったでしょ」
そう囁くと、呆然としたままの氷河を置いて、展望台へのエスカレーターに飛び乗った。
<THE END>