理想の、恋人。


ムウを形容するとそうなるだろう。

話しかけずともおのずとわかり、常に自分のことを一番に想い、行動してくれる人。

それはただ単に食事などのことだけではなくて。

例えば、が少し辛い時。
さり気なく気を使い、そして少なからず手を差し伸べてくれる。

彼が本来持っている気配りの良さに愛情を足せば、それはもう、世界中の乙女が求めているような理想の男性になる。


それは誰の目に見ても明白で。



しかし、そんな彼にも欠点はつきもので。








「今日も言ってくれなかった…」

そう呟くと、は一人机の上に突っ伏した。

目の前には色とりどりの花。
まだ付き合い出した頃、殺風景なの部屋にムウが飾ってくれたものだった。

色あせることない、ペーパーフラワー。


「人の心は移ろいやすく…か」

どこかで読んだ言葉をふと呟く。

人の心が色あせてしまう様をは知っていた。
だからこそ、この花が妙に鮮やかに見えるのかもしれない。


「どうして、好きだと言ってくれないの…?」


そう花に話しかける。
いや、花の向こうにいるはずの、見えない恋人に向かって。



『彼はきっと愛され慣れていないのだよ』

いつしか、アフロディーテが口にした言葉を思い出す。
確か、この遊びに来てこの花を見た時だったか。

『生花はいつか枯れてしまう。でもこの花はいつまでも瑞々しい』

そう言って、このペーパーフラワーを指ではじき。

『それが彼の君に対する気持ちなのだ』

そう満足そうに笑うと持っていたバラをそっとテーブルの上に置いた。





「お、!どうしたんだ?」

次の日の朝、十二宮の階段を降りていたに話かける声がした。

「アイオロス、おはよう」
「おはよう。朝早くからムウの見舞いか?」
「は?」

意味がわからず首をかしげたにアイオロスは同じように首をかしげて。

「違うのか…ってあ!!」

叫び声も虚しく、彼が目にしたのは階段を駆け下りていくの姿だけ。

「思わず言ってしまったが…まぁいいか」

そう言うと、アイオロスは弟の宮までのんびりと足を運んだ。








「ちょっとどういうこと?!」

息を切らせながら白羊宮に駆け込んできたを迎えたのは貴鬼。

「あ、お姉ちゃん」
「ムウはどこにいるの?!」

いきなり声を荒げたに一瞬貴鬼がひるむ。

「あ…あの…おいら…」
「それよりムウはどこ?!」

その剣幕に半分泣き出しそうな顔をした貴鬼をよそには部屋の中を見渡す。
目の端にムウの寝室の扉が開いているのを見つけると、は慌ててその扉へと駆け寄る。

バタンと勢いよく扉の閉まる音。

取り残された貴鬼はなす術もなく、勢いよくしまったドアを呆然と見つめていた。





「おや、どうしました?」

ベッドから体半分起こして本を読む恋人の姿を見つけたとたん、
の体から一気に力が抜けていく。

「だって…アイオロスが…」

そう言うだけで精一杯のは先ほどまで抱えていた不安も消し飛んで。


二人の間に妙な沈黙が流れる。
しかし、それを先に破ったのはで。

「病気じゃ…なかったの?」
「病気?…あぁ、ほんの少しだけ」

そう言って少し笑い声をたてたムウに先ほどまで沈んでた怒りが湧き起こって。

「なんで…なんで教えてくれなかったの…?」

みるみる不機嫌になっていくの顔。
それはまるで、自分が信用されていないのかといわんばかりの顔で。

「…、ここへ」

静かにムウの声が響く。
その顔はいつにも増して真剣で、ともすれば、この先に何か重大な事柄が待ち受けていそうでもあって。

動こうとしないに、ムウがそっと手を差し出す。
軽く腕を引っ張ると、まるで何の力も入ってないかのように引っ張られる。


ようやくベッドサイドに腰を落ち着けたの髪をすっと梳くと。

「貴女が知らなかったのは、私が口止めをしていたからです」

そう切り出したムウの声に、は反射的にムウの顔を見る。

「言いたく…なかったの?」
「はい」
「どうして…?」

そう問いかけたの耳に、何度か息を吸い込む音がする。
そして、数秒の後に告げられた言葉。

「知られるのは…なんとも恥ずかしかったもので」

その言葉にふいには考え込む。

(恥ずかしい?…何が?)

何もなくいきなり恥ずかしいと言われて、考え込まない人間はいない。
もその例に漏れることなく深く考え込んで。

その時、急に目の前に差し出されたものがあって。

「…何コレ?」

何度も噴出しかけた怒りもみるみる下がり、は目の前に差し出されたものを見る。

それは、金属の塊。
真ん中に小さく穴が開いてはいるが、いまいち何なのかは特定できない。

「その…指輪なんですが…」
「指輪ぁ?!」

ムウが言ったその一言に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「…だから出来上がるまでは黙っておくつもりだったんです」

そう言うムウの声はいつもより心なしか落ち着きがなくて。

「ここ一週間ほど何度も作り直しては壊してを繰り返していたんですが、納得いかなくて」
「じゃ、まだ作りかけなのね?」
「えぇ。昨日も本当は時間を見つけて作るつもりだったんですが…」
「ですが?」

オウム返しに聞いたにムウは観念したかのように、喉を鳴らすと。

「睡眠不足で倒れてしまって…」
「睡眠…不足…?」

思いがけない言葉を聞いて、はもう一度頭の中で繰り返す。

(黄金聖闘士が睡眠不足…)

何か違和感を感じながらも、黄金聖闘士も人間。
眠らずに生きていけるわけがないと思ったのと、ムウが声を出したのは同時だった。

「明日まで待ってもらえるでしょうか?」
「え?明日?」

期限付きの約束には首をかしげて。

「別に明日じゃなくてもいつでもいいのに」

さっきまでの怒りはどこへやら、幸せ満面の声でそう答えたに。

「いえ、本当は今日がよかった…んですよね?」
「え?なんで今日なの?」

「…………」
「…………?」

「あの…?」
「何?」
「今日は貴女の…誕生日ですよね?」



「あ…。そうだっけ?」





「自分の誕生日を忘れるなんて…」
「だってほかの事で頭がいっぱいだったんだもん!」

日付すら忘れていたの最後の言葉にムウが不思議そうな顔をする。

「ほかのこととは?」
「あ…。やっぱり内緒」

そう言って笑ったをムウは少し不満げに見たのだが。

「でもね」
「はい?」

ふいに呟いたは軽く笑ったままで。

「プレゼントは…言葉でもよかったんだよ」
「言葉?」

聞き返したムウの耳元でそっとその言葉を囁くと、
呆然としたままの彼の頬に、いつものように軽い口付けをした。


<THE END>