「あっめあっめふれふれかあさんが〜」

くるくる回るオレンジ色の傘が聖域の階段を上がっていく。
傘の隠れている人物は呑気に鼻歌など歌いながら。
やがて3つ目の宮の前で止まると、その傘がたたまれて。

「お邪魔しまーす」
「よく来たな。濡れてないか」
「大丈夫♪」

宮の主人、サガに迎えられては中へと入る。

大きな絵画や調度品に飾られた豪華なリビング。
その真ん中のソファにちょこんと座ってサガの帰りを待つ。

「カノンいないのね」
「あぁ。今日は補佐の仕事で教皇宮にいる」

がいつもソファを占領しているはずの人物の不在を尋ねると、キッチンから出てきたサガが静かにカップをテーブルに置きながら答える。

しかし、その顔には少し嫉妬が浮かんでいて。

「カノンがいないのがそんなに気になるのか??」

ついつい心もとないことを聞いてしまう。
それには平然と。

「だっていっつもあたしが座ろうとすると、意地悪するじゃない」
「あいつもいい年をして悪戯好きなとこがあるからな」

自分が持ってしまった感情を打ち消すように、サガはの調子に合わせる。

とカノンは大の仲良し。
まるで兄弟のようにいつも何やかんやと騒いでいる。

自分が恋人だと頭ではわかっていても気をやきもきさせる時もある。
実の弟に嫉妬を向けるなど、情けないとは思っていても。

「それで、今日は急にどうしたんだ??」

その考えをしまってサガはやんわりとに尋ねる。
ミルクティーを飲んでいたはふと顔をあげて。

「どうしたって、サガに会いたいから来たんだよ」

しれっとそんなことを口にして、にっこりは笑った。
そんなにサガは苦笑して。

「言えば、こちらから出向いたのに」
「だって急に思っちゃったんだからしょうがないじゃない」
「しかし、雨も降っているだろう??」
「そんなの平気。慣れてるし」

それに雨がキライだって言ってたじゃない、
そう付け足すと、はミルクティーをこくりと飲み込む。

聖域のあるギリシャでは雨は珍しい。
もともと乾燥したこの土地に降る雨は聖闘士といえども慣れていなくて。
だからこんな雨の降る日は皆宮に閉じこもっている。
もちろんサガも例にもれず、宮で静かに本を読んで過ごしていた。

「日本には雨季があるんだったな」
「雨季じゃないよ、梅雨だよ」
「同じではないか」
「違うの♪」
「どう違うんだ??」

そう聞かれては雨季と梅雨の違いを話し出す。
サガはの話を聞くのが大好きだった。

任務以外では訪れることのない遠い東方の島国。
そこに住む者だけがわかることをは教えてくれる。
もともと人の話を聞くのが好きなサガは大いに興味を持って。

好きな人の母国ということが一番大きいのだが。

「ってわけで、梅雨は日本の四季にはかかせないものなの」
「わかった。覚えておこう」

納得したサガを見て自分も満足気にうなずく。

「でもサガって日本の話聞くの好きだね」
「あぁ。自分にはなかなか触れられないところだからかな」

それに、と付け加えて。

「愛するの生まれ育った国だから」

その言葉には顔を真っ赤にさせながらも、嬉しさでいっぱいで。

「あたしもギリシャのこといっぱい知りたいな♪」
「あぁ、少しずつな」

そう言って二人で笑い合って。

どちらかともなしにそっと唇を重ね合わせた。



優しくて、それでいて深い口付け。

それを幾度となく繰り返し、
やがてサガの手がの上着のすそから進入する。
の腕がサガの首に回され、二人の距離が満たされた。




その時。








パンパン。


手を打つ音が聞こえて二人でその方向を見ると、いつの間に帰ってきてたのかカノンが笑顔を浮かべて二人を見ていた。

「お前ら、それから後は寝室でやるんだな」

笑顔は浮かべているものの、その声は限りなく低い。
サガとは顔を見合わせ、気まずくなったのか、おずおずと体を離した。

「いつの間に帰ってきたんだ」
「キスしだしたとこかな。それより早くどけ」

そう言ってカノンはサガとを押しのけると、ソファに倒れこむ。

「俺は疲れて眠いんだ。ヤるんならさっさと行けよ」

追い払うように腕をふって静かに目を閉じる。
その姿をあっけに取られて見つめていた二人だが、やがて笑いを零すと、手に手を取って寝室へと消えていった。








「・・・まったく少しは遠慮しろよな。独りモンの前で・・・」

そんな呟きは雨の音に消されて。
やがてカノンは溜息をつくと、深いまどろみに落ちていった。





今日はずっと雨、雨、雨。
外ではあなたに会えないから。
ふたり、静かに一つ屋根の下で。
そっと愛を育みましょう。


<THE END>