柔らかな朝の日差しが聖域を包む。
いつもよりずいぶん早く目が覚めてしまって。
あたしは聖域の一番高いとこから朝日でも見ることにした。
鼻歌なんか歌いながらアテネ神像の前まで来た時。
「なんじゃ、今日はずいぶん早いではないか」
「うをぁぁぁ!!」
突然背後から聞こえた声に思わず階段を踏み外しそうになる。
それを寸でのところでこらえて、あたしは後ろを振り返った。
「な・・・なんでそこにいるの?!」
まだ落ち着きを取り戻さない心臓をなだめながら尋ねる。
ついつい大声を出してしまったあたしの口にシオンはそっと人差し指を触れさせた。
あぁ、まだみんな寝てる時間だもんね。
「教皇宮を抜ける時からずっとおったぞ。気付かんかったのか??」
思わずうなずく・・・ってあたしが質問したんじゃ??
「それにしてもがこんなに早起きするとはな。今日は雪が降るかもしれんのぅ」
「雪って今は夏だよ・・・」
「それほど珍しいということじゃ」
なんか悔しくなって頬を膨らませたら。
優しく指でつつかれて柄にもなく照れてしまった。
「シオンも早く目が覚めたの??」
少し照れを隠しながら聞いたら、にやっと意味ありげな笑いを見せて。
なんかいやな予感。
「余はとは違っていつもこの時間には起きておるぞ。
教皇ともなるとせねばならんことが山ほどあるからな」
あたしとは違ってってとこにすごく力入れてるみたいなんだけど。
「どうせあたしは遅起きですよ」
「いつも寝坊しては、朝食だの化粧だのと騒いで、礼拝に遅刻しそうになっとるしな」
なんでそんな痛いとこばっかつくんだろ・・・。
って化粧?!
あたし素ッピンのままだった!!
慌てて後ろを向いたんだけど、もうバレてたみたいで。
後ろからあごを持ち上げて覗き込んできた。
「そういえば、今日はまだ化粧をしとらんのぅ??」
やだー!そんなに見ないでーー!!
「顔は見ちゃダメーー!!」
「化粧せんでも充分かわいいではないか」
え、そ、そうかな??
シオンに言われると嬉しい・・・じゃなくて。
「ヲトメの素顔みるなんて大人の男じゃないわ!!」
「余はまだ18歳じゃ♪」
「嘘つきーーー!!」
「嘘などついておらんぞ??余の肉体は18歳じゃからの」
普段は243歳だって人をすごく子供扱いするくせに、こんな時だけ若いふり?!
『ご不満!!』って顔をしたら。
笑いながら、あたしを抱えてそのまま腰を降ろした。
この体勢心臓に悪いなぁ・・・。
後ろから抱きしめられてあたしの心臓は爆発寸前。
恥ずかしいからついつい下を向いてしまう。
「ほれ、前を見んか。美しい風景だというのに」
その言葉につられてなんとなく前を見たら。
「うわぁ・・・!!」
そこには昇りかけの太陽の光に包まれて輝くアテネの街。
まるで映画のワンシーンでも見てるみたいに、すごく幻想的で厳かな感じがした。
「神様の守ってる街って感じだねぇ・・・」
「ここから見ると余計そう感じるじゃろう」
女神も見ておるからの、と付け加えてシオンはふと上を向く。
そこにはまっすぐ前を向くアテナ神像。
ものすごく大きいから顔まではわかんないけど。
きっと優しい顔してるんだろうな。
神話の時代からずっとずっとこの街を見つめてきたんだもんね。
そういえば・・・。
「ねぇ、シオン」
「なんじゃ??」
優しい目で見つめ返してくる。
その視線にちょっとドキッとしちゃったり。
「シオンは243年前からずっとここにいるんでしょ??
シオンの見てきたアテネのこと聞きたいな」
「そんなこと聞いてどうするんじゃ」
苦笑交じりに答えたシオンの方に向き直す。
「シオンが243年間何を見てきたか知りたいの」
そしたら今までないくらい嬉しそうな顔をして。
そうじゃな、と切り出して静かに話し出す。
教皇になったばかりの頃のこと。
中世の面影をのこす町並み。
たまに街に遊びに行こうとして雑兵に見つかって怒られたとか。
そして少しずつ近代化して、変わっていった街のこと。
20世紀に入ってからの悲しい歴史も。
「余の生きてきた時期は本当に激動の時代だったのじゃ」
トルコから独立して一つの国になって。
大きな戦争がいっぱいあって。
町並みがどんどん変わっていったって。
それをこの紫色の瞳は映してきたんだ。
ずっと一人で。
一人きりで聖域を守りながらこの街を見つめ続けてきたんだ。
そう思ったらなんともいえない気分になって。
シオンの胸に顔をうずめた。
「急にどうしたんじゃ??」
「・・・なんでもない」
何か少し考えてたみたいだけど。
「そうか」
って一言だけ言って。
何も聞かずにそっと抱きしめて、頭をなでてくれた。
どれぐらいそうしていたんだろう。
「」
ふいに名前を呼ばれて顔をあげる。
シオンはしばらくあたしの顔を見てその後、ぽつりと呟いた。
今まで様々なことがあったが。
と生きている今が一番幸せだ、って。
そしてそっと唇を重ねた。
「あの〜、教皇様・・・」
申し訳なさそうな声が・・・。
声?!
あたしは慌ててシオンを引き剥がす。
声のした方を見ると雑兵さんが一人、硬直して立っていた。
み・・・見られてた?!
顔が熱くなるのがわかる。
今、すっごく恥ずかしい・・・。
なのにシオンは落ち着いてるし。
「なんじゃお主。気がきかんのぅ」
「いえ・・・、あの、その・・・」
気がきく、きかないの問題じゃないし!!
雑兵さん口パクパクさせて本気で固まってる・・・。
「さっさと言わんか。何の用じゃ」
『教皇』シオンに問い詰められて、彼はようやく口を開く。
「あ、あのッ。そろそろ礼拝の準備をなさる時間でございます!」
シオンはもうそんな時間か、って呟いて。
「わかった。すぐ向かう故、下がってよいぞ」
「はいッ!失礼致します!!」
雑兵さんは一礼すると慌てて階段を降りていった。
「ねぇ・・・、何も言わなくていいの??」
シオンのローブをつかんで問いただす。
「何がじゃ??」
「何がってさっき・・・!!」
「はて。余は何かやましいことでもしたかのぅ??」
「や・・・やましいことって・・・」
自分の言ったことに恥ずかしくなってたら。
ちゅっ。
「−−−−−−−!!////」
みるみるあたしの顔はまっかっか。
シオンはそんなあたしを見て笑いながら一言。
「もまだまだ子供じゃのぅ♪」
そう言って固まってるあたしの手を引いて歩き出した。
ふと上を見ると真っ青に晴れ渡った空。
あたしが少し立ち止まったせいで、シオンも足を止める。
「よく晴れてるね」
「今日もよい一日になりそうじゃな」
二人で手を繋いで空を見てたら、なんか離れたくなくなって。
「礼拝の準備してる時、横にいてもいい??」
そう聞いたら。にっこり笑って。
「余は一向に構わんが、化粧せんでもよいのか??」
は、そうだった。
・・・でもいいかな。
「今日はいいの♪」
だってシオンがかわいいって言ってくれたでしょ。
そういったら優しく笑ってまた歩き出す。
いつもと変わらない一日が始まる。
また一緒にあの朝日見ようね。
明日も。あさっても。来週も。来年も。
これから先、ずっと、ずっと。
<THE END>