黄金聖闘士双子座のサガ。
五月三十日生、ギリシャ出身。二十八歳、独身。

そして。
世界にその名を轟かすジャパニーズビジネスマンも真っ青なくらい、朝早くから夜遅くまでひたすら仕事をこなす『超』仕事人間。

彼の一日は六時にセットした目覚ましが鳴ると同時にスタートする。
軽くシャワーを浴びてその長い髪を整えると、ベッドで大いびきをかいて眠る双子の弟を叩き起こし、さっさとシーツを剥ぎ取ると、自分のシーツと一緒に洗濯機へと押し込む。
洗濯機がまわっている間に朝食の準備を整え、ついでに自分の昼ご飯用の弁当まで作ってしまう。
朝七時。寸分の狂いもなく食卓につき、弟と一緒に朝食を取る。その後出来上がった洗濯物を干し、弟を外に放り出すと掃除をする。
そして八時半。まるでタイマーがついているかのように教皇宮に現れる。
別に毎日出勤する必要はないのだが、彼は必ずこの時間に現れる。どうせ、何かわからないことがあると呼び出されるからである。その度に自宮や訓練場から呼び出されるのはさすがに面倒らしく、教皇シオンが九時に現れる時にはすでに執務室の机で準備万端で待っている。
午前中は執務補助と一緒に訓練生の様子を見たりして。

正午。これまた寸分も狂わず、持参した弁当を広げ、メイドが入れた紅茶を飲む。

十三時。また仕事を始める。
午前と同じように仕事をこなした後、六時ごろ一時帰宅。夕食を取ると今度は週に一度の夜警に出る。そして夜警がない日は、先ほどと変わらず、自室か教皇宮で仕事をする。
そうこうしているうちに時計の針は頂上を刻もうとする。キリのいいところで仕事を終わらせ、風呂に入る。その時間、約二時間。彼の最もリラックスできる時間である。
そして二時。就寝。

平均睡眠時間四時間。翌日もまた嵐のような一日が待っている。
これが彼の基本的な生活サイクル。

こんな仕事一本の彼に恋愛の話などあるはずがない……と思ったらそれもまた大間違い。ちゃっかりと八つ下の恋人がいる。しかも彼とはかなり対極にいるような自由奔放で我が道を行く恋人が。



午後二時。

「ちゃらちゃちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜ちゃっちゃ〜♪」
「なんだそれは?」
「ん〜。さっきまでやってたゲームの曲〜」

のんびりと仕事中に現れた恋人・は、持っていたかばんをくるりと回すと、わけのわからない勝利のポーズ(らしきもの)をとった。
現れたのは他でもない、教皇シオンにギリシャ語の授業を受けに、であるが。しかも現れたついでに盛大なあくびを一発かましたりする。
そしてが来た瞬間、執務室の空気は一変して騒がしいものになる。補佐に来ている他の黄金聖闘士や雑兵、神官たちと見ている方が気持ちいいほどしゃべりまくるのだ。
そんなおしゃべり台風は仕事中のサガへと接近してきて。

「サガ、おはよ」
「ああ、おはよう」

挨拶を交わすと全体重をかけて背後からサガへとのしかかる。そしてあくびをもう一発。

「今日は何時に起きた?」
「ん〜……十一時?」
「では昨日、何時に寝た?」
「んっとね〜、四時ぐらいかな?」

毎度その答えだと知りながらもサガは小さくため息をついた。

「あまり夜更かしをするものではない。体によいとは言えんぞ」
「でも睡眠時間は六時間あるよ〜。サガこそもっと寝なきゃダメじゃない」

毎日こんなものである。そしてそうこうしているうちに。

「これ。いつまでもしゃべっておらんとさっさとこっちへこんか」
「はーい」

シオンに呼ばれては隣の部屋へと移動していく。しかし、静かになったのも束の間。

『いっや〜! それ、ぜんぜんわかんないよ!』
『ばかもん! こないだ教えたばかりだろうが!!』

そんなシオンの怒号とのやる気のない笑い声に始まり。

『あ、小鳥〜。ねえ、お天気だし外行こうよ〜。お花畑でウフフフフー、なんちゃって』
『こら! 現実逃避などせんとこっちを見んか!』

という掛け合い漫才が続き。

『…………』
『して、ここでの変化による発音は――?』
『……ぐぅ』
『…………』
『……それならシュライクの本屋でホイミスライムを…………』
『……お、起きんか小娘――――――――!!』

がっしゃーん。
盛大に何かを吹っ飛ばす音で幕を閉じた。

少しの休憩の間。シオンはたまった書類に目を通し、指示を出し。
はその横でもふもふとその日、メイドが用意したおやつを平らげながら、これまたヒマを持て余して遊びに来た沙織と談笑していた。
ちなみに黄金聖闘士は、シオンの「甘やかしてはならん!」の一言でおやつ抜きである。

ふいに、ぱたぱたと小気味よい足音がしてサガが振り返るとケーキ皿を持ったがやってきた。
そしてケーキを軽くフォークに取ると。

「はい、あーん」

と、当然のようにサガの口の中にケーキを突っ込む。サガは律儀にそれを受け取ると飲み込んで礼を言った。

「はい。アフロもあーん!」

隣の席にいたアフロディーテにもフォークを勧める。

「ありがとう。君に食べさせてもらえるとは光栄だよ」

ゴージャスな笑顔でアフロディーテが礼を返すとほん一瞬、サガがちらりとそちらを向いた。どうやら恋人の愛想のよさが微妙に気になっているらしい。

「おいコラ。俺様にはねえのかよ」

隣のデスマスクが口をとんがらせる。

「しょうがないなぁ……。5000ユーロ」
「金取るのかよ! てか高ッ!」
「私はあいにく慈善事業家ではありませんので」

ふっとが笑ってケーキを見た瞬間。

「あ――――――――!!」
「バーカ。よそ見してんのが悪ィんだよ」
「だからって半分も食べることないでしょー!」
「あぁ!? てめぇがぶくぶく太らんねーように手伝ってやったんだろうが!」
「バカー! 蟹があたしのケーキとったあ!」
さん、ケーキはまだありますから……」

メイドが皿の上にケーキを乗せたとたん、の機嫌はすこぶるよくなって。

「あ〜あ。どっかの蟹に食べられないようあっちでた〜べよ」
「ケッ! そうやってまた下っ腹に肉つけてりゃあ世話ねぇな」
「何よ! あんただってビールの飲みすぎでそのうちオヤジ腹よ!」

凄まじい言い合いをして隣の部屋へと消えていった。

数分後、シオンも同じように隣の部屋へと入っていき、それと同時に沙織が出てくると神殿の方へと消えていった。
先ほどと同じようなことを繰り返し、授業が終わったのは六時過ぎ。すでに執務室にデスマスクの姿はなく、紅茶を飲むアフロディーテと、帰り支度を終え、机に座っているサガの姿があった。
キィと音を立てて扉が開き、シオンとが出てくる。その瞬間、さっとサガが立ち上がり。

「さあ、帰るぞ」
「うん」

サガはのかばんを手に持つと、残っていたアフロディーテと挨拶を交わし、シオンに一礼する。

「では先に失礼します」
「うむ。今日はこちらへ来るのか?」
「はい。夕食を終え次第、伺います」
「ちょっとはゆっくりしたらどうだい? そのうち倒れてしまうよ」
「アフロディーテの言うとおりじゃ。少しは体を休めろ」

二人が心配していることはわかってもそこはやはりサガ。ふっと笑うと仕事がありますから、と一言だけ告げる。

「アフロ、シオンばいば〜い」
、ちゃんと予習復習をするのだぞ」
「は〜い」
「帰り道でサガに襲われないようにね」
「バ、バカかお前は! 私がそんなことなど……」
「ふふ〜。気をつける〜」

顔を真っ赤にして否定するサガに皆の口から笑いが漏れて。

「ほら! 帰るぞ!」
「じゃあね〜」

半ば手をふるを引きずったまま、サガは執務室の扉を閉めた。



二人で手を繋いで階段を下りていく。双魚宮を抜けてそろそろ宝瓶宮にさしかかろうかというのに、まだ笑い続けるにサガは足を止めた。

「そんなにおかしいか?」
「ん? さっきのこと?」

一緒に足を止めたを見下ろして。

「気に障ったらごめん。謝る」
「いや、別に気を悪くしたわけではないのだが……。そんなにおかしかったか?」

意外な問いには少し目を丸くする。

「いや、おかしいっていうか――」
「でも笑っていただろう?」
「だって、なんかすごくサガらしくって」
「私らしい?」

そう言って眉をひそめたサガに。

「うん。なんかね、こう律儀に否定するってとこがね……」

その一言に考え込みだしたサガをは上目遣いで様子を見る。
少し重い沈黙。その後に、少しばかりため息が聞こえて。

「仕方がないだろう。第一襲うなど――」

そういってため息をついたサガの横でくすりと笑いがこぼれて。

「もう、堅いんだから。でもそんなとこも好き」

ぴとりとサガにくっつくと頬をすり寄せる。その肩をそっと抱いて。

「私も、愛しているよ」

軽くその揺れる髪に口付けると、互いに身を寄せ、夕陽の残る階段を下っていった。


<THE END>