「おい、小娘」
「…………」
「聞こえんのか、おい」
「小娘じゃないもん」
「俺にしたら小娘だ。さっさとこっちへこい」
「いや。小娘って言ってるうちは絶対に嫌」
俺が呼んでやってるのにわがままな女だ。異次元にでも飛ばしてやろうか。
「第一、朝っぱらから人んちに手ぶらで来て、ソファ占領したあげくタバコってどうよ?」
「なんだ? 何か気に障るようなことしたか?」
「全部! だいだいねえ、禁煙してる人間の前でぱーぱー煙はかないでよね!」
「なんだ、禁煙しているのか」
そう言って煙を顔にかけてやったら明らかに嫌そうな顔をして。ぶつくさ言いながら……タバコを消すんじゃない。
「で、何しにきたのよ」
「何しに来たってナニに決まってるだろう」
「あんたそれしか頭にないの?」
「当然だ。たまにしか出てこれんのだから、そのうちに欲求を解消しておかなければならんからな」
喉で笑いをこらえる。
コイツは本当におもしろい。少しからかっただけで、顔を赤くしたり青くしたり。
その一言になけなしのプライドを傷つけられたらしく、はキッチンへと消えていった。
この香りはダージリンか。ようやく俺の好みを解したようで気分がいい。
そうこうしているうちにカップを持ってきたは
横に座って淹れたての――。
「なんだ、その変な色の水は?」
「水じゃないもん。緑茶だもん」
「俺のダージリンはどうした」
「そんなん作ってないよ。作ろうって缶開けたんだけどこっちが飲みたくなって」
そう言うと、取っ手も何もついていない変な入れ物をよこした。
「たまには緑茶もいいでしょ?」
「……毒が入ってるのではなかろうな?」
「んなわけないでしょ」
「しかし、日本の若い女性は茶に、唾だの雑巾の絞り汁だの虫だの入れて飲ませると聞いたが」
「なんで、緑茶知らないのにそんなこと知ってるのよ……」
とにかく飲んでみろと急かされて一口含んでみる。
なるほど。なかなか変わった味で紅茶とはまた違った趣があるものだ。
「おまんじゅうあるけど、いる?」
「なんだそれは?」
「日本のお菓子よ。昨日お母さんから届いたの」
テーブルにおいてある箱をあけると、そこから白い物体を取り出して差し出す。
「うまいのか?」
「う〜ん。ギリシャ人の口に合うかどうかはわかんないけど」
それを口に運ぶとさらっとした甘みが広がる。不思議な味だが悪くはない。むしろいくつでもいける。
「おいしい?」
「ああ」
「もう一個いる?」
「そうだな。もらおうか」
の手から二つ目のおまんじゅうとやらを受け取る。やはりうまい。今度出てきた時、愚弟にでも買ってこさせよう。
……俺はここに何をしに来たんだ?
…………。
……………………。
この小娘が……!
「……」
「なに?」
「お前、こんなことで俺を懐柔したつもりか?」
「…………バレた?」
フフッと気味の悪い笑いをもらして上目遣いに俺を見たは飲み終わった器を持って立ち上がろうとする。
「待て」
「まだ何か?」
白々しくとぼけてみせるを腕の中に閉じ込める。
なぜ、コイツはこんなにも抱き心地がいいのだろう。微かに安心してしまう俺も俺だ。自分で言うのも何だが、昔に比べて丸くなったものだ。
「ん……っ」
唇を重ねると、微かに息を漏らす声が聞こえて。それを合図としたかのようにひたすらその唇に貪りつく。ふいに触れる柔らかな感触が心地いい。
しばらくの間夢中になっていると、ふいに自分の胸に押し付けられる手があって。
「……っ。なんだ、いいところで」
「ちょっと落ち着いてって。湯のみ台所に持って行きたいんだけど」
湯のみ? ああ、この変なカップのことか。
「そんなものテーブルに置いておけばいいだろう」
「そこに置いて落としちゃったりしたらやだし。ね?」
「……わかった」
しぶしぶ承知すると、嬉しそうに笑って、俺の頬にそっと触れるようにキスをすると、リビングを出て行く。
その後ろ姿を見ながらふと考えた。なぜ、俺はこの女にここまで固執するのか。女なら腐るほどいるのに、なぜコイツばかりを求めるのか――さっぱりわからん。
普段内側に潜んでいて頭を使わんせいか眠くなってきた。
少し眠るか。どうせまだ時間はある。楽しみは先に取っておくものだからな……。
……私は何をしていたのだ? なぜの部屋にいるのだろう。
「あ、起きた?」
ちょうど毛布を持ってきたが隣に座る。私は眠っていたのか?
「今、何時だ?」
「ん?十時ちょっと回ったトコ」
「十時!? おかしい……」
「あ、黒がね、出てきてたよ」
「何!?」
どうりで目覚めてからの記憶がないわけだ。しかも、それでの部屋に転がり込んだのか。
「すまない。迷惑をかけてしまって」
「いいよ。もう慣れちゃったし」
「いや、慣れるのもどうかと……。とにかくすまん」
自分のせいで彼女に迷惑をかけたかと思うと、申し訳ない気持ちの上に恥ずかしさでいっぱいで。
「ほらほら! そんな鬱な顔してたらまた出てきちゃうわよ!」
「……そんなに私はひどい顔をしているか?」
「うん! もう不幸を呼び寄せてますってくらい暗い顔してるよ?」
「そうか。すまない」
「なんだか謝ってばかりだね。ほら、元気出して」
そう言うと頬に優しくキスをくれる。
「私ね、笑ってるサガの顔が好きなの」
「笑っている顔? 私のか?」
「そう。だからそんな顔しないでよ」
「……わかった」
今度は私からその唇に触れる。ついばむように幾度となく口付けを交わしていると、ふいに壁にかけてある時計が見えた。
「十時……半?」
「う……って仕事は!?」
「しまった! 遅刻だ!」
「ダメじゃない! 早く行かないと!」
慌ててソファから立ち上がる。しかしよほど慌てていたのかテーブルに躓いて前に倒れかけた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ああ、それより急がんと!」
「もう早く早く!」
急かされて起き上がるとドアに手をかける。
「ぶっ!」
急に立ち止まったせいか、が背中にぶつかって。
「すまん! 大丈夫か?」
「それより仕事!」
「っ……ああ、行ってくる!」
そう告げるとそっとキスをして。
「また今晩来る!」
「うん! 晩ごはん用意してるからね!」
「わかった!」
振り返った視界に微笑んで手を振るの姿が見えた。それに手を振り返すと私は教皇の間へと急いだ。
の笑顔と教皇の怒り狂った顔を思い浮かべながら。
<THE END>