「ねぇねぇ、やっぱりやめようよ〜」
黄金聖闘士が立ち並ぶ中、その真ん中という一番安全な位置にいながら
は情けない声を出しながらアイオリアの腰にしがみつく。
「……けっこう馬鹿力なんだな」
アイオリアが少し苦しそうな表情をするのも構わず、はなんやら念仏やら呪われるやらぶつぶつ呟いている。
「こん中で一番怖ぇのはお前だよ……」
デスマスクがそう後ろで呟いても聞こえず。
「おい、着いたぞ」
サガの声に一瞬緊張が走る。
例え幽霊の類が大丈夫だとはいえ、夜中に来て気持ちのいい場所ではない。ましてや幽霊が出ると聖域でも噂になっている場所である。誰もが次に起こることに神経をそばだてるのも当然だ。
皆がごくりとつばを飲んだ。
「む……?」
「これは、小宇宙?」
誰ともなしに呟いたその時、白銀の墓地中央より少し手前、とある墓の前に白い影が現れた。
「ひっ! で……んっ」
「馬鹿野郎。叫んだら意味ねぇだろ」
思わず叫び声をあげそうになったの口をデスマスクの手がふさぐ。息をできずにもがくがおとなしくなるのを皆が待つ間も、その幽霊は墓の前に座り込み、なにやらもそもそ動いている。
誰がどう見ても明らかに怪しい。
『最高だ……。これこそ最高の芸術だ……』
「何か言った?」
の小さな声に誰もが首を横に振る。
細々とではあるが、はっきりと聞き取れる声。それはこの場にいる黄金聖闘士たちのものではなく、ましてやの声でもない。
「ちょっと待て!」
ミロが急に幽霊の方を指差し、注意を向ける。
「ええッ?」
「何をやっているのだ?」
「……あの男は変態かね?」
(そうかもしれない)
珍しく皆がシャカの意見に同調する。
ミロの指差したその先。さっきとは明らかに違う姿で立っているその幽霊。
それは明らかに――全裸。
(墓の前で脱ぐなんて変態以外の何者でもないよな)
一歩間違えばこの時間帯にそぐわしいものになってしまうような事態に、さすがの黄金聖闘士もたじろいでいる。
しかし一人。やたら平然と声を上げる者がいた。
「ここは神聖な聖闘士の慰霊地だぞ! お前はそこで何をしているのだ?」
(さすがサガ! 相手が全裸でも動じない!)
全員がサガの度胸(もとい全裸慣れ)に感動している間にも、一人ずんずんと慰霊地の中へと進んでいく。
(あ、今墓石蹴っ飛ばしやがった)
(さっき、『神聖』だとかなんとか言ってなかったっけ?)
(おいおい、それじゃあ普通に呪われるぜ)
(ここに眠る霊もいたたまれないものだな)
(きっと末代まで祟られる……)
それぞれの思いを胸に抱きながらもサガの次の行動が気になり、残りの五人は慰霊地の前に固まったままだ。
しかし、サガはそれに構わず、どんどん墓地の奥地へと歩いていき、やがて幽霊の前までたどり着くと、その幽霊の肩に手を置き、普段の姿からは想像もできないようなドスのきいた声を響かせた。
「貴様、誰に断ってここで全裸になっている?」
(論点ずれてる――――――――――!!)
「突っ込むのはそこじゃねぇだろう!」
「何考えてんのよ、バカ!」
「普通は『ここで何をしている』だろうが!」
先ほどまでの緊張はどこへやら。今はサガのとった行動で頭がいっぱいいっぱいで、幽霊が何者だとか、なぜここにいたのかすら頭にない。
そんなてんやわんやの時に。
「ところで、その男は何者なのだね?」
一人冷静にさらりと元凶を追求するシャカ。その一言にようやく皆も落ち着き、幽霊へと近づいていく。
よくよく見てみるとそれは紛れもなく普通の人間――もといちょっと普通じゃなさそうな人間。見た目は普通だが、筋肉のつき方は人並み以上。
「お前、聖闘士か?」
ミロがその体格を見てそう呟く。
するとその男はふっと笑って。
「いかにも。私は白銀聖闘士リ――」
「蜥蜴座のミスティ!」
アイオリアがぽんと手をたたいて叫んだ瞬間、男の顔が一気に不機嫌そうな顔へと変わる。よほど自分の名前を自分で言いたかったらしい。
「そんな男、白銀聖闘士の中にいたか?」
サガが呆けたようにそう呟く。
「お前が一番知ってるはずだろう!」
光速の突込みをかまし、ミスティの方を見るとさらに機嫌が悪くなっている。そんな、ある意味緊迫した空気の中で。
「あ、あの〜……。ミスティ……さん?」
おそるおそる話しかけたに、視線も険しいまま彼は振り向いた。
「なんだ小娘」
聖闘士にありがちな尊大な態度でそう聞いてきたミスティに心の中で「明らかに自分の方が年上だ」と思わず考えただったが、ここでそれを口にしては今以上に機嫌を損ねてしまいそうだと考え直し、あえて本題のみを口にする。
「とりあえず……前、隠してください」
が前を押さえるような格好をした瞬間。
「貴様! この私の肉体美を見てそんな下種なことしか言えんのかッ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! そんなに近づかないで!」
「おい、怒ってるぞ! あんなことで怒ってるぞ!」
「アイオリア! あいつそーゆーやつなのか?」
「そんなこと知らん!」
ぎゅうぎゅうと固まってとりあえずミスティから距離をとった四人の周りの空気が突然変わる。
「な、なんだ……?」
「え、何? 何なの!?」
「何か不穏な空気を感じる……」
全員が辺りを見渡したその時。
「貴様、その程度の体でこの私に敵うと思っているのか……?」
声の聞こえた先はサガ。しかも何か先ほどとは雰囲気が違う。
「おい。黒いぞ……」
デスマスクが呟いた瞬間、サガの纏っていた衣服が宙に舞う。
「しかも前振りなしでいきなりかよ!」
「イヤ――――! 変態!!」
たちが叫び声をあげる中、黒い髪をしたサガは。
「お前と私の肉体美、どちらが素晴らしいか今証明してやろう!!」
得意気にそう言い放った。
「フッ、面白い。受けて立ちましょう」
対するミスティも長い髪をかきあげると申し分ない相手だとでも言うように睨み付ける。
「そんなこと証明しなくていいから!」
「間違ってるぞ! 間違ってるぞお前ら!!」
とにかく我先にその場から離れてしまおうと一目散に墓地の外まで走りながら、それでも四人は口々に突っ込みを忘れないでいる。
「あっ! シャカが置き去りに!」
「ダメだ! 今から引き返すのは危険だ!」
そう言うと四人は暗闇の中をすでに明かりも消えた十二宮へと走っていった。
「そこで、自分の墓を見て生きている自分の美しさを再確認する。つまりナルシストの極みゆえの行動というわけだ」
「ふ〜ん。気持ち悪〜い」
「まあ、ナルシストってやつぁそんなもんだってことだよ」
翌日、最後まであの場にいて二人を静めたシャカの話を聞いて、たちは幽霊騒ぎの元凶を知った。
「では私はそろそろ失礼するとしよう」
「あれ? もうちょっといてもいいのに」
「瞑想の時間なのでな。こんな騒がしいところではできんだろう」
シャカはお得意の笑いを見せると席を立った。その時。
「大変です! 黄金聖闘士様!」
駆け込んできた雑兵をだるそうにミロがにらむ。
「その、また幽霊が……」
「は? その正体はもうわかっただろう?」
「いえ、それが今度は黄金聖闘士の慰霊地です! 誰の墓の前かもすでに――」
「……その幽霊の特徴は?」
嫌な予感のしたアイオリアが投げかけた質問に雑兵は姿勢を正して。
「はあ、それが……。黒髪の大柄の男で――」
「『ウワーッハッハッハ!』とかって笑うんじゃないのか?」
デスマスクがデザート用のスプーンを加えたままつけたし。
「しかも全裸」
「そしてサガの墓の前にいるのだろう?」
「え……? 皆様もご覧になって……?」
とシャカが半ば呆れながら言うと、雑兵は目を丸くした。
「さすがは黄金聖闘士様。聖域の有事に敏感でらっしゃる」
雑兵が一人感嘆の声を上げる中。
「絶対そうだ」
「間違いなくあいつだな」
「今度は私が行くべきところまで連れて行ってやろうではないか」
「黄泉平良坂までつれてった方が手っ取り早いんじゃないか?」
「なんでもいいからさっさと片付けちゃおうよ」
ただ一人この場にいない男の顔を浮かべながら全員が深いため息をついた。
<THE END>