「おおっ!俺ってものすごく似合ってるんじゃないか?」
己の姿を鏡に映して嬉しそうな声をあげたのはミロだった。
その後ろで上着のボタンを留めていたムウがちらりとそちらに視線を移す。
「確かに、クリスマス前にやってきた挙句、煙突から落っこちるサンタクロースといった感じですね」
「な……何をッ!」
ムウを振り返って口を尖らせたミロの周りで次々と笑い声が上がる。
「おい!笑ってないで何か言い返してくれよ」
「いや、あまりにも言いえて妙だったのでな……」
普段めったに崩すことのない表情をおかしそうに歪めているのはカミュ。
その横で腹を抱えて笑い転げているのがアイオリア。
アルデバランは申し訳ないといった顔をしながらも、笑いをこらえることができないのか、その肩を震わせている。
そんな中、一人だけ無表情で上着を着ているのがシャカだった。
「まったく、俺の味方はシャカ、お前だけだ!」
泣くふりをしながらシャカに近寄ったミロの耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。
「サンタクロースというものは、煙突から侵入する不審者なのかね?」
シャカに抱きつこうとしたミロはその場に崩れ落ちた。
「本当にこの歌知らないのか?」
「何度も言わせるな。知らんものは知らん」
「しかし、シャカも小さい頃からここにいたでしょう――と、そういやそうですね」
途中まで言いかけて一人で納得したムウをミロとアイオリアが不思議な顔で見る。
「何だ?何かあったのか?」
「だってほら――」
「シャカはクリスマスもずっと瞑想をしていたではないか」
横からそう言ったのはアルデバランだった。
彼もその原因を思い出したらしく、シャカに同意を求める。
「その通り。私は仏教徒だ。クリスマスなど異教徒の祭りに参加すると思うかね?」
いつもの高圧的な物言いでそう言うとカミュが不思議そうな顔をした。
「しかし、今年は参加するのだな?」
「フッ。君たちのあずかり知らぬところで少し話をしたのだよ」
誰と話をしたのかは聞かなくてもわかる。恐らくムウの師匠であるあの人とだろう。
そしてその話し合いの結果、こうして普段からは考えられないほど派手で少しこっけいな衣装に身を包んでいるということだ。
「君たち、来年の春を楽しみにしているんだな」
「ああ、なるほど。ウェーサク祭をしてもらうのですね」
またしても一人納得顔のムウに今度は他の四人がこぞって詰め寄る。
「なあ、そのウェーなんとかというのは何だ?」
怪訝な顔でそう問い詰めたアイオリアにムウはしれっとした顔で。
「おなたの部屋で眠っている辞書をひいてみるとたぶんわかりますよ」
「辞書に載ってるんだってさ!カミュ、覚えといてくれよ!」
「ウェー……なんだったかな?」
「ウェーサクだ」
「ウェーサクか。シャカ、また後でその話を聞いても構わんか?」
辞書の場所を思案する者、人に頼み込む者と頼まれる者、一番の大元に詳しく話を聞こうとする者。
それぞれの反応を示した後で、また慌てて自分たちの作業に戻る。
「しかしなんだ。高圧的なサンタだな……」
先ほどの騒ぎから数分後、その場に立ち尽くしたシャカを見て、アイオリアが小さく声を漏らす。
「プレゼントが欲しければ、私の前にひざまずくがよい!」
「ミ、ミロ。あまりそんなことを言ってはいかんぞ」
「フッ。ひざまずくのではない。大地に額をこすりつけるのだ!」
カミュの心配をよそに、からかわれているのがわからないシャカはミロに訂正を促す。
「あなた、からかわれているんですよ」
「な……。ミロ!君はこの私をからかっていたのかね!?」
「気付かないあなたが悪いんですよ。さあ、それより行きますよ」
時計を見て慌てたアイオリアたちを促して、ムウはさっさと戸口へ向かう。
しかし、そんな中カミュ一人が青い顔をしていて。
「いかん……。クリスマスだというのに……」
「カミュ、あなたも心配しすぎですよ。後でシベリアに行くのでしょう?ここでそんなに心配してたら体が持ちませんよ」
カミュの心を見抜いたかのように言葉を投げかけたムウに、カミュはただ無言で頷いた。
「綺麗に晴れてよかったな」
空を見上げたアルデバランが美しく星が輝く空を見て満足そうに笑った。
「今日は少し寒いがな」
横で白い息を吐き出しながらアイオリアが同調する。「ホワイトクリスマスじゃなかったのが残念だと言えば残念だがな」と付け足して。
「雪なんて降っていたらあの人は間違いなく足を滑らせていたでしょうね」
横から袋を担いだムウがひょっこりと現れてそう付け足す。
もちろん『あの人』とは、前の方ではしゃぎながら階段を降りていくミロのことだ。
「しかし、クリスマスというだけであそこまではしゃぐものなのかね?」
ムウの後ろを歩いていたシャカが、さも不思議そうに首をかしげる。
「きっとあなたも楽しくなりますよ」
「ふん。今の状況だけではどうとも言えん」
そう言いながらもサンタクロースの衣装に大人しく包まれている彼は、寒さかそれとも別のものか、頬を軽く赤らめて。
「シャカ、クリスマスっていうのは近しい人と過ごすもんなんだぞ?」
「つまり君たちのような輩というわけか。それにしても他の者はどうした」
「さあ。用事があるとか言っていたがな」
「クリスマスパーティーも明日にすると言ってたしな。まあ皆、共に過ごしたい者がいるんだろう」
「でも、兄さんも用事があるとか言ってたぞ」
むっとした顔でアイオリアが言う。何でも兄は『とても重要な』任務があってクリスマスイブにはいないらしい。
せっかくのクリスマスイブなのに、と子供のようにごねてしまった自分を思い出してアイオリアは少し顔を赤くした。
「まあ、アイオロスも色々と仕事があるんだからしょうがないさ」
「そうだな」
「共にクリスマスを祝えるという人がいるだけでも幸せなことですからね」
そう言ったムウの目は弟子のことでも考えているのだろうか、どことなく優しさがあって。
「あなたたちには本当に感謝してますよ」
「ほう、いつもの君らしくはないな」
「雪でも降るんじゃないのか?」
「それもいいな。ホワイトクリスマスだぞ」
皆笑ってはいるものの、それは仲間の言葉に対する気持ちで満ちていて。
「おーい。白羊宮が見えてきたぞー」
「わかってますよ」
前を行くミロとカミュが手を振る中、四人は彼らの背中を追いかけて少し歩を早めた。
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