頭が重い。朝起きて一番初めに思ったのはそれだった。それもそのはず、昨晩催されたクリスマスパーティーでいったいどれだけの酒が消費されたというのだろう。考えてみれば、黄金聖闘士たちの体には何か秘密があるのか、やたら滅多と酒に強い者が多い。それに合わせて飲んでいるうちにも相当な量を飲んでいたらしい。記憶は残っているが、さすがに二日酔いまでは免れなかったようだ。
ありがたいことに今日は一日休日だ。ここ聖域は別段、クリスマスと関係のある場所ではないが、暮らしている人間の大部分がヨーロッパ出身の者が多いため、特別配慮ということかクリスマスは休日となっている。それにあやかって、もまた今日と言う日を一日中ベッドの中で過ごすのも悪くはないな、と考えながら薬箱の中を漁る。
目的のものはすぐに見つかった。半分寝ぼけた頭でそれを確認し、冷えたミネラルウォーターを口に一含みすると、箱の中から取り出した錠剤と共に一気に喉の奥へと流し込む。
「……ふう」
は小さくため息をついた。まだ頭は重い。即効性の薬ではないのでそれは当たり前のことなのだが。
「ちょーっと飲みすぎたかな……」
とて自分がかなり飲めるクチだというのは自負している。他の黄金聖闘士たちと比べても決して引けを取るわけではない。事実、以前に飲み比べた分に関してはアイオリアやミロよりは強かったはずだ。ああ、そういえばアイオロスもが平然と飲んでいる横で酔いつぶれて眠っていたような――あの兄弟は元々酒に弱いのだろうか。
そんなことをふと思い出しながら再びベッドに潜り込もうとしたその時、ドアが何度かノックされたような気がしては顔を上げた。
頭が痛いのであまり大声は出したくない。代わりにじっとドアの方を凝視して相手の出方を見るも、それ以降ドアはノックされることはなかった。
「なんだ。気のせいか」
自分を納得させて、もう一度ベッドに伏せる。ああ、こうしてしばらく寝ていればこの二日酔いも少しはマシになるだろう……。そう思っているうちに薬のせいもあっては眠りへと落ちていった――。
「ふむ。まだ眠っているようだな」
ふとほくそえんだのはアフロディーテだった。どうやら、先ほどが聞いたノックの音は気のせいではなかったようだ。
「さあ、今のうちに作業を済ませてしまおう」
「……済ませてしまおうと、実際に動いているのは私だけのような気がするが」
「まあそう言うな。こんなことができるのはこの十二宮広しと言えども君だけだろう? 君が土台を作る。その後の作業をするのが私ではないか」
「……そうだといいのだが」
あきれ返ったようにふとため息をつくと、カミュは静かに小宇宙を燃やしだした。とたんに空気中の水分が固まり、太陽の光を反射してキラキラと輝きだす。そうして作られた結晶が一つ、また一つと地面へと落ちていく。
「ほう。なかなか面白いことをしているではないか」
後ろからかけられたその声にアフロディーテとカミュが振り返る。
「む? 休日だというのにあなたはどうして」
「休日だの何だのと言っていては進む仕事も進まんだろうが」
眉間にしわを寄せてそう答えたのはサガだった。どうやらこの男、生来のものなのか、休日だからといって家でのんびりとしているのはあまり得意ではないらしい。
「休日まで仕事とは恐れ入るね。私にはとうてい真似できないよ」
「休日をどうこうするのは個人の自由だ。私とて休む時は休むぞ」
「……私は見たことがないけどな」
サガといえば仕事人間で会うのはたいてい教皇宮だ。家で目撃することもあるが、あまり静かに本を読んでいたりする姿は見たことがない。何が面白くてあんなにいつもせわしないのだろう、と言われることもあるが、それもすべてサガだから、の一言で済まされているところがまた面白い。
「実際、お前たちも休日といいながら何かしらやろうとしているではないか」
先ほど『面白い』と言ったことに対して発せられたサガの言葉に、アフロディーテとカミュはふと顔を見合わせて笑った。
「実はだな……」
周りに誰もいないというのに、声を最大限に抑えてその理由を話す。それを聞いたサガはふと目を細めると、仲間内ではあまり見せることのない笑顔を浮かべた。
「なるほどな。では私からもメッセージを送っておこうか――さしずめ『愛を込めて』といったところか」
「あ、愛?」
思わず目を見開いてその単語を口にしたカミュに対して、アフロディーテは少々驚きながらもすぐさま意地の悪い顔へとなる。
「まさかあなたが彼女に対してそんな気持ちを抱いていただなんて。初耳だね」
これはいい噂話のネタができた、とどこか嬉しそうな顔を浮かべたアフロディーテをちらりと見やると、サガは冷静にこう返す。
「何か勘違いをしてないか? 私はただアテナの名の下に、すべての者に平等な愛を注いでいると言ったまでだが」
至極当然といわんばかりのその表情に、アフロディーテが眉をひそめる。
「それはつまり、この聖域の人間全て、ということかい?」
「それだけではなく、この世界中の人間全てだ。もちろん。アフロディーテ、お前もな」
「……幸せなのかどうなのかはわからないが、とりあえず礼だけは言っておこうか」
うんざりとそう言ったアフロディーテにふと笑みを返すと、サガはさっさと教皇宮へと消えていく。その後姿を見送るアフロディーテの横でカミュが言った。
「何だかんだと言って、サガも浮かれているではないか」
もちろん、当のサガ本人には聞こえないようにひっそりと。アフロディーテもそれに小さく頷くと、ぱんと軽く手を叩いた。
「さあ、作業を再開しようじゃないか。もうしばらくするとがふと目を覚ましそうな気がするよ」
「ん? そんな物音でもしたか?」
「いや、私の直感だ」
そう言ってアフロディーテは足元に積もった雪をかき集め出した。それを慣れた手つきでころころと転がし出すと、それにつられて雪の玉はどんどん大きくなっていく。
「それにしても大それたクリスマスプレゼントだな」
相変わらず小宇宙を燃やして雪を作り出しながらカミュがふとぼやく。せっかくシベリアにいたものを呼び出されて、まさかこんな作業をするはめになるとは、いくらカミュといえども予想はできなかっただろう。しかし、この苦労もすべてアフロディーテが笑いながら言った一言でチャラになりそうだ。
「だって、が言っただろう? ホワイトクリスマスが見たいって!」
A Very Merry Christmas!