「どうだ。似合うだろう?」
「ふん。外でケーキを売っているアルバイトの方が似合っとるわい」
そう言って嬉しそうに鏡に自分の姿を映したシオンの隣りで帽子の位置を合わせていた童虎が憎まれ口を叩く。
「そういうお前は、これまたちんちくりんのサンタクロースだな」
「サンタに身長制限なぞないだろうが」
童虎の頭の上に乗った帽子をシオンがひょいと取ろうとして、童虎は慌てて帽子を押さえて抗議する。
それでもシオンは面白がって何度も童虎の隙をついては帽子を取ろうとして。
「いい加減にせんか!」
ついに童虎の怒りを買ってしまったのであるが。
「別に構わんだろうが。クリスマスなんだろう?」
「クリスマスだからと言ってやっていいことといかんことがあるわい!」
「ああ、今からプレゼントを届けるというのに。そんな真っ赤で怒り狂ったサンタクロースなぞ見てしまったら子供はさぞ怖がって泣いてしまうだろうな」
「馬鹿もん。眉毛の代わりに丸い点なぞつけとるサンタクロースよりはマシじゃ」
「なんだと?もう一度言ってみろ!」
「ほれほれ。顔が真っ赤なサンタは怖がられるんではなかったかのう?」
互いにからかいあう姿は出会った頃と変わりない。
それだからこそ二百余年たった今でもこうして同じような言い合いができるのだろう。
「もうよい。それより眉毛はないのか」
「眉毛?お主は元から――」
「違うわ!サンタにつき物の真っ白な眉毛だ!」
眉のあたりを指し示したシオンに童虎は苦笑しながらも、自分の愛弟子が持ってきてくれたヒゲや眉毛を引っ張り出す。
そういえば、この衣装を持って来た時の彼の顔はなんとも面白いものだった。
『老師。私はもうプレゼントなどもらうような年ではありません。むしろこれからは老師を労わり、今までお世話になった分を――』
そう生真面目な顔で言ってのけた我が弟子に笑い転げたのは言うまでもない。
「なんだ?ニヤニヤして気持ちが悪い」
冷めた声でそう聞いてきたシオンを見て、童虎はその笑いを隠すように慌てて袋の中から真っ白なつけヒゲと眉毛を取り出す。
「おお。それだそれだ!」
シオンは童虎の手からそれをひったくると、嬉しそうに自分の目の上辺りに貼り付ける。
童虎も同じように鏡を覗き込み、その黒い眉毛の上に貼り付けたのだが。
「不思議なもんじゃのう」
「何がだ?」
シオンの顔をまじまじと見つめるその黒い瞳にシオンが怪訝な目を向ける。
「いや、その……」
「何だ。はっきり言え」
「それが、お主の顔に眉毛があるとまるで別人のようでの――」
「童虎!そこへなおれ!!」
言いながら徐々ににやけていくその顔を見て、シオンは先ほど以上に――それはもう着ている衣装と同じぐらい――顔を真っ赤にして、いまや笑い転げる同胞の頭へと拳を振り下ろしたのだった。
「まったく手荒なヤツじゃのう」
「お前があんなことを言うからだ!」
白い袋を担ぎ、階段を降りている間も、童虎は何度も恨めしそうにシオンを睨んでは、先ほど殴られた辺りをさも辛そうになでていた。
その横を歩きながらもシオンはいかにも当然と言った顔で、彼の言葉すら気にしない。
「シオンよ、もう少し人を労わる気持ちを持てんのか?」
「お前の大切な弟子がするようにか?」
聖域に現れるたびにいの一番に童虎のところへと駆けつける彼の弟子は、聖域でもすでに名物といえるほどのもので、シオンは自分の弟子と比べてはいつもそれを話のネタに出して童虎を「年寄り」だの何だのとからかうのである。
かと言ってシオンの弟子が、またさらにその弟子がシオンをないがしろにしているということはありえないのだが。
「まったく、お主のところも変わらんではないか」
「ムウはもう独立した大人なのだ。今さら気遣われても気持ち悪いだけだろう」
「そんなこと言っても孫弟子にはきちんとプレゼントを贈るんじゃからのう」
こんな格好までして、と小さく付け足そうとしたが、それを言うとこの短気で照れ屋な友人はまた童虎の頭にその拳を振り下ろしかねない。
「いくつになっても弟子は弟子だろうて」
「いつまでもそんな親馬鹿なことを言っていると、弟子から離れられんくなるぞ」
「なあに。あっちも離れんのだからいいのじゃ」
「まあ、確かにあの男はいつまでもお前に甘えて――」
「ムウとて同じじゃ」
「そんなことはあるまい」
十三年間離れていたせいだろうか、自分を師匠としていくばくかの敬意を払っていても、己の考えをしっかり持って成長した弟子は表立って甘えるようなことはしない。
「じゃあ、その袋の中身はなんじゃ?」
からかうようにシオンの袋を指差して童虎が笑う。
それもそのはず、シオンが担いでいる袋はかわいい孫弟子の分だけとは思えないほど大きく膨らんでいて。
「――お前はいつまでも意地の悪い男だな」
聞かれたことが恥ずかしかったのか、シオンはしかめっ面をして童虎を睨む。
それでも童虎は愉快そうに笑って返すだけ。
「いくつになっても弟子は弟子なんじゃ。親にとっていくつになっても自分の子は子供のままであり続けるようにな」
「私はあいつの親ではないぞ」
「なに、親も同然じゃろうて」
童虎が満足そうにその言葉を紡いだのを最後に、二人の間に静寂が訪れる。
やがて目的地が見えてきた頃、シオンが小さく呟いた。
「ムウは――子供扱いをして、と嫌がりはせんだろうか」
それはもちろん、彼が持ってきたものに対する反応のことで。
少し思案をするような顔をしたシオンの隣り、白い息を吐き出しながら童虎が小さく声を立てて笑う。
「先ほどの逆も然り。子供にとって親はいくつになっても親のままなんじゃ。それに――」
童虎は彼らが歩んできた人生に思いを巡らせながら。
「十三年分の思いの詰まった贈り物を嫌がる子など、この世におりはせんだろうからな」
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