「サガ…?」
カノンの呼びかける声にも反応を示さず、
頬をほんのり腫らした男は目の前にいる女性を見つめていた。
「どうしたのだ…サガ…」
手を離したシオンが肩越しに前を見ても、
そこにいるのは見慣れたの顔…いや、に似て非なる顔。
「シオン!」
後ろからかけられた声に振り向くと、
そこには足をもつれさせるように駆けてくる旧友の姿。
シオンが覗き込む姿に、思わず自分もサガの脇から顔をのぞかせようとすると、
ふいに目の前のサガの背中が下へと崩れ落ちた。
「…サガ!」
駆け込んできたカノンの後ろから黄金聖闘士が我先にと集まってくる。
「サガ!」
「大丈夫ですか?」
「おい、いったいどうしたんだ!」
皆がそう声をかける中。
「ん…んあぁ〜〜…」
間延びした声が響き、目の前の女性が大きく伸びをする。
「!」
「ん〜〜〜〜ッ!って何?」
「何じゃねぇよ!どうしたんだよ!」
「いきなりあんな口調になったりして!」
「おい、めちゃくちゃかっこよかったぞ!」
「え?あ…え?」
口々に話しかける皆には目を白黒させて。
「…何が?」
マヌケな答えをしたにも関わらず、皆賞賛の声を浴びせる。
それにまったく状況が飲み込めないはぽかんと口を開けて。
「違う」
ふいにサガが呟いて、皆の視線を集める。
「違うって何がだよ」
「だから、母さんだったんだ」
「は?お前もしかしてマザコンだったのか?」
「いや、むしろに母性を求めてるのかも知れん」
「うわ、ちょっと気持ち悪いこと言わないでよ」
「つーか、コイツに母性なんてあるわけないだろ」
(もう、皆好き勝手なこというのねー)
「おい。今誰かしゃべったか?」
ミロの声に全員が首を横に振る。
(だから、私だって言ってるじゃない)
「…『私だって言ってるじゃない』って誰か言っただろう?」
「誰だよ?こんなとこで腹話術してるヤツ!」
「いや、あの…。あの人なんじゃ…」
が皆の後ろに立つ人物を指差す。
不審な顔をしたまま、振り返った黄金聖闘士たちの目に映ったのは…。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「出た!出やがった!」
「何なんだよ、あのおばさん!!」
「あの類だけは勘弁じゃ!」
「お前、私を置いて逃げる気か!!」
「安らかに極楽へ行きたまえ!悪霊退散!!」
(まーっ!失礼な坊やたちね!)
皆がパニックに陥る中、それをじっと見守っているのが4人。
事情を知っていると貴鬼、滝涙を流したサガ、
そして目の前の光景を信じられずに口を開けたままのカノンだった。
『きっと息子たちのことが心配だったんだよ』とはの弁。
皆も納得したのはその後の双子の反応も手伝ったのかもしれない。
「何はともあれ、落ち着いてよかったな」
「そうだな。あのまま行けば第二の聖域崩壊に至ったかもしれん」
「ましてやその理由が、ハロウィンのいたずらなど…」
「危うく女神に顔を向けられなくなるところだったな」
皆口々に先ほど起こったことを思い出す。
しかしそこに緊張はなく、普段の明るい笑顔のままで。
「それにしても教皇の気合はすごかったよなぁ」
「よっぽどあの男のこと恨んでたんだろうな」
「そりゃ、人類の長寿記録更新をつぶされたんだからなぁ」
鬼が乗り移ったようなシオンの顔を思い浮かべて、ため息をつく。
「まぁ、いいじゃない」
が体を伸ばしてため息をつく。
「なんか疲れちゃったし、もう寝ようか」
「そうだな。一年分の力を一気に使った気分だ」
「ああ、それにしても私の計画が…」
「いいじゃねぇか、自分の風呂にバラ浮かべとけばよ」
肩をならして、デスマスクがにやりと笑う。
「それにしても皆、本当に思い思いの格好だな…」
ふいに笑ったのはアイオロス。
そんな彼も服は半分ズタズタ、帽子に至ってはどこに行ったかもわからない状態だが。
「…激しい戦闘をした後ですからね」
カミュが手から垂れ下がった布をつまむ。
天井裏に隠れていた者たちの格好は、本当にボロボロで。
「これしきで疲れるなんて、体がなまっている証拠かもしれませんね」
ムウが背筋を伸ばし、やおら腰を鳴らす。
そんな彼もメイクは半分はげ、ある意味集まった時よりも恐ろしくなっている。
「そういや、疑問に思ってたんだけど」
ミロが声を出すと同時に皆の動きが止まる。
「なんで、いきなり幽霊が出てきたんだ?」
「そういえば…」
「ハロウィンだからだろう」
皆が一瞬考え込んだ時、少し離れたところからサガが声をあげる。
「ハロウィンの恐ろしい仮装は、寄ってくる霊を遠ざけるためのものだ」
「ってことは、いろんな霊が来てるってわけか?」
「そうだな。もしかしたら、お前の後ろにも…」
「え…。ちょ…冗談はよせよ!!」
思わず後ろを振り返ったミロに皆が笑い声をあげる。
「なぁ、カミュ。今晩泊まらせてくれよ…」
「馬鹿言え。二十歳にもなった男が何を言っている」
「えぇぇ〜?!俺たち友達だろう?!」
泣きそうな顔をしたミロにさらに笑い声も大きくなる。
その声は幾重にもなり、執務室の小さな窓から外へと飛び出して。
やがて星空が輝く、ハロウィンの夜へと溶け込んで。
「あ〜疲れた!」
風呂から上がったは、ベッドの上にダイビングする。
「色々あったけど楽しかったなぁ」
(そうねぇ)
「また来年もできたらいいよねー…って」
はふと横を見て。
「なななななんでここにいるんですか?!」
(だって行くところがないんですもの)
「いや、息子さんたちんとこ行ったらいいじゃないですか!」
(それがねぇ、おしゃべりには付き合ってられないって追い出されちゃったのよ)
「冷たい息子さんたちですねぇ」
(本当、あんな男とは付き合っちゃダメよ)
布団にもぐりこんだの横、添い寝をするように彼女は横になって。
(そういや、あなた。まだ言ってないんじゃない?)
「は?何をです?」
(ほら、ハロウィンにはつきものの呪文があるでしょ?)
「えぇ…?あ…あぶらかたぶら?」
(違うでしょ!おばさん、ギリシャ人だから英語の発音は得意じゃないんだけど)
「え?ギリシャ人だったんですか?」
(当たり前でしょ!もう、お間抜けなお嬢さんねぇ)
彼女はそう言って冷たい指をの鼻に当てる。
鼻の先にひやっとした感覚が芽生え、は手でくしゅくしゅと鼻をかいた。
「もう。冷たいよ、おばさん」
(ごめんね。…おばさんじゃないって言ってるでしょ!)
「さっき自分でおばさんって言ったじゃないですかー」
(人に言われるのは別よ!)
怒った顔があまりにその息子たちに似ていて、は少し笑いがこみ上げてくる。
(あら、どうしたの?)
「ううん、何でもない。おやすみなさい」
(えぇ、おやすみなさい)
目の前にある顔ににっこり笑っては目を閉じる。
その途端、ふと頭に浮かんだ言葉があって。
「ねぇねぇ、おば…お姉さん」
(なあに?)
「さっきの呪文、わかっちゃった」
(よかった。ハロウィンだしね、言わないと終われないわよね)
「うん。…Trick or Treat?」
(もちろん答えは…)
「Treat、だよね?」
(そうね。今度おばさん特製のパンプキンパイを焼いてあげる)
「楽しみにしてるね」
迫り来る眠気の中で、はそう呟いた。
少し冷たいものが、そっと優しく髪をなでるのを感じながら。
(おはよう!朝よー!起きなさーい!!)
「う〜ん、もうちょっと…って何でまだいるんですか!!」
(一緒に寝ちゃって帰りそびれちゃったのよ)
「な…何やってるんですかー!いいんですか?!」
(いいのいいの!それより早く朝ごはん食べちゃいなさい)
久しぶりの家事に彼女の顔は生き生きしていて。
(ほらほら、顔洗って。はいタオル)
(こら!お野菜残しちゃダメでしょ!)
(こんなに散らかしちゃって…。お掃除するわよー)
「サガー!カノンー!何とかしてよぉー!!」
ハロウィンは終わっても、幽霊ママはまだ帰らない…?
<THE END>