「笹の葉さ〜らさら〜 軒端に揺れる〜♪」
いささか調子っぱずれな歌声が十二宮を昇っていく。
それと同時にその手に持たれた笹の葉が優しい音を立てる。
7月7日。
日本で言うところの七夕をは決行しようとしていた。
「お待たせしました〜」
は待っていた雑兵に手を上げる。
「いえ大丈夫ですが…。なんですか、ソレ?」
「これ?笹の枝だよ」
手に持った大きな枝を振り回しながら、は少し笑う。
雑兵が知らないのも無理はない。
ギリシャに七夕の風習はないのだから。
「短冊に願い事を書いてこの枝につるすと願い事が叶うの」
そう言うとはすでに短冊の吊るされた枝をくるりと回した。
「つまりそれで皆さんの願い事を叶えようってことですね?」
「平たく言うとそういうことかな」
必ず叶うわけじゃないんだけどね。
そう付け足すと、は紙の紐を取り出し適当な長さに切る。
「この吊るされている紙は?」
「これが短冊。願い事が書いてあるの」
よくよく見るとそこには、黄金聖闘士たちの願い事が書いてある。
「『カノンが余り手のかからない弟になりますように』 。サガの短冊だね」
「こっちには…『サガの風呂の時間が短くなるように』。カノン様ですね」
あまりにもわかりやすい願い事に二人でプッと噴出す。
「ほかにも色々あるよ」
「あ、『永遠に美しく在れるように』。アフロディーテ様か。らしいなぁ」
「『これからの生を忠実に過ごしていきたい』。…シュラってば」
二人でわいわい言いながら吊るされている短冊を見て回るが、
ふいに雑兵が疑問を投げかけた。
「でもこれって見ちゃっていいんですか?」
短冊をつまんでそう問いかけた彼に、は笑って。
「神様に見えるように吊るしてるんだから、あたしたちが見てもバチは当たんないよ」
「まぁ確かにそうですね」
どうやらこいつら、願い事を見るのも楽しみらしい。
「でも皆思い思いだねぇ」
「なんか、普段の黄金聖闘士の皆様とは違って面白いですね」
そう笑うと彼はふと目の前にあった短冊を見た。
「『兄弟仲良くいれますように』…。アイオロス様のか…」
「じゃあアイオリアのも見たくなるよね」
は背を伸ばしてアイオリアの短冊を探し始める。
「あ、あった!」
かなり上の方に飾ってあったアイオリアの短冊を見つけて。
その声につられて近付いてきた雑兵に指をさして短冊を示す。
「あの二人の願いは叶いそうだね」
「そうですね」
そう言うと、風にさらさらと揺れる短冊を見て、そっと笑った。
「この辺でいいでしょうかね?」
「う〜ん。もうちょっと右かな?」
二人で場所を合わせながら笹を取り付けていく。
その間にも、さらさらと笹は音を立てて。
「よし完成!」
「こうやって見ると綺麗ですね」
ほかの飾りと共に揺れる短冊を見つめながら。
「そういや、さんはもうつけたんですか?」
「あ、忘れてた」
はそう言うと家の中から赤い短冊を持ってきた。
「さんはなんて書いたんですか?」
「ん?こんな感じで」
そうが目の前に吊るした短冊には。
『アラン・ドロンみたいにかっこいい彼氏が欲しい』
「…一番率直ですね」
「そ…そうかな?」
はは、と乾いた笑いを漏らしたに、彼も釣られて笑って。
その時。
「おーい!そろそろメシだぞー!」
下の方から同じ雑兵の仲間が彼を呼びに来る。
その声にと笑っていた雑兵はふと我に帰って。
「じゃ、僕はこれで」
「あ、どうもありがとう」
そう言ったに一礼するとさっと駆け出して。
「ちょっと待って!」
いきなり呼び止められて振り返る。
「よかったらこれ、書いといて」
そう言って手渡されたのは一枚の短冊。
「願い事書いたら適当に吊るしといてよ」
「え…でも…」
「いいからいいから。手伝ってくれたお返し」
「…ありがとうございます」
雑兵はもう一度頭を下げると急かす仲間の元へと駆けていった。
「ほぅ。こうすると素晴らしいもんだな」
「笹の音も涼やかでいいのぅ」
すっかり日の暮れた中、の家の前で談笑する二人。
仕事を終えたシオンとそれに付き合っていた童虎である。
「なになに『早く貴鬼が修復師になりますように』だと?
ムウめ、私の授けた仕事がそんなに嫌か」
「まぁ、そう言うな。弟子を思ってのことじゃよ。ほれ、横に貴鬼のもある」
「ん?『ムウ様になりたい』だと。あんなのになってもらっては困る」
「かと言ってお主のようになっても困るがのぅ…」
「なんだと童虎!」
「まぁまぁ、それより…」
黄色い短冊を手にした童虎が噴出す。
「『X−MENのレアフィギアが欲しい』とは…」
「ミロのやつ、クリスマスか何かと間違えておるのではないか?」
「デスマスクは…これじゃな。
『俺に尽くしてくれる女が欲しい』。こんなことを書くのはやつぐらいしかおらんわい」
「フッ。それに比べるとこれはお前も満足しそうだな」
そう言ってシオンがつまんだのは、きっちりとした字のフランス語で書かれた短冊。
「『氷河とアイザックが幸福であるように』。ほほ、カミュらしいわい」
「どうせ、お前もあのドラゴンと小娘のことでも書いたのではないか?」
「ん?わしは別のことじゃよ?」
「どれ見せてみろ」
シオンは背を伸ばしたりしゃがんだりして童虎の短冊を探す。
「そういうお主はなにを書いたんじゃ?」
童虎も同じようにシオンの書いた短冊を探す。
「『世界平和』。アルデバランめ、相も変わらず欲目のないやつじゃ」
「これは…『沙羅双樹の園再建のため雑兵を回して欲しい』。それはこちらに言うことではないのか?」
「皆、いまいちわかってないようじゃのぅ。…とあったわい」
「何?!くそっ…。お前のはどこだ…と、これか?」
二人はそれぞれの短冊を見つけたらしく、口の中で呟きながら読み上げる。
「『かわいい女子と茶が飲みたい』…。お前は馬鹿か」
「そういうお主こそ…『そろそろ嫁が欲しい』。わしよりひどいではないか」
互いに相手をけなしながらも、あるはずのもう一つの短冊を探して。
「お。これだこれだ」
「どれどれ。『アラン・ドロンみたいにかっこいい彼氏が欲しい』。ちと難しい願いじゃのぅ」
「ふん。私の方がそのアランなんとかよりもいい男に決まっておろう」
「何を言っとるか。わしの方がさらにいい男じゃわい」
「なんだと?!お前と私を比べるなど愚行もいいところだ!」
「なぬ?!そっくりそのままお主に返してやる!」
思わず取っ組み合いを始めようとした二人の目に、
その短冊の奥に、ひっそりと吊るされる短冊が映った。
「『アラン・ドロンのようになりたい』、だと?」
「はて?誰が書いたんかのぅ?」
首をひねっても思い浮かぶ人間はおらず。
「まぁ。狙っておる人間は他にもおると言うことじゃ」
「ふん。誰だろうと別に構わん。私に勝るはずがない」
「だから、わしの方が上だと言っておるだろう」
「何を言う!私の方が上だと…!」
ついに盛大に言い合いを始めた二人の横、静かに笹の葉は風に鳴る。
その名のない、ギリシャ語で丁寧に書かれた短冊を揺らしながら。
<THE END>