「おい、何なんだ?この衣装は?」

真っ赤な衣装をつまみ上げてシュラはその細い眉を寄せた。

「何ってサンタの衣装に決まっているではないか」

サンタクロースの帽子に白い飾りをしていたアフロディーテが視線も移さずにそう答える。
その横で同じようにサンタクロースの衣装を広げてデスマスクはあきれた顔をした。

「だからってこの刺しゅうは何だ?」
「何だってクリスマスの雰囲気を出すためにつめてみたんだが」

サンタクロースの上着のすそにあしらわれた鈴やヒイラギの刺しゅうは見事なもので、アフロディーテの手芸の腕の見事さを物語っている……が。

「普通のサンタクロースの衣装でいいのではないか?」
「そうだ。別に刺しゅうをしたからってわかるわけでもないし」

そう口をそろえて言ったシュラとデスマスクの頭の中にはこれからプレゼントを届けようとしている子供の顔が浮かぶ。
どう考えても刺しゅうの美しさに関心を寄せる子ではない。

そう思って次の句をつごうとした瞬間、二人は周りの空気が重くなったことに気付いた。


「君たちは、私の労力を無駄にして馬鹿にするために来たのかい……?」

いつもよりいくばくか低い声でアフロディーテがそう呟く。
そしてゆらりと向けられた顔は、口こそ笑っているものの、目は真剣そのもので。

「第一、サンタの衣装を用意しろと言ったのは君たちではないか!『俺たちでは作れない』なんて、作れないんだったらそこら辺の服屋で仕立ててもらうか、既製品を買いに行けばよかったのだ。何でも日本では百円でサンタの衣装が買えるというではないか!それをわざわざ私が――!」

手に持った帽子を引きちぎりそうな勢いでそうまくし立てたアフロディーテに、シュラもデスマスクも顔を青くしてそっと身を寄せ、この鬼の怒号が過ぎ去るのを待っている。
しかし、アフロディーテは感情が高ぶってしまったのか、帽子を持った手を振りかざしてなおも二人の言葉に抗議を続けようとして立ち上がった。

「まったく君たちには人の苦労をいたわる気持ちってものが欠けているんじゃないか?!」

ぐっと睨みつけそう叫ぶとアフロディーテは、いきなりすとんと椅子に座り込んだ。
いったい何事だと沈黙のまま彼を見守る二人の目の前で、アフロディーテはそのまま先ほどと同じように帽子の飾りつけに勤しみだす。

「お……おい。どうなってるんだ?」
「そんなこと俺に聞かれても知らん」

次に来る爆発を覚悟していただけに、二人はあっけに取られた顔でふと顔を見合わせ。

「と、とにかく衣装を素直に着た方が無難だろう」
「そうだな…。そうするか」

アフロディーテが黙って作業を進める中、デスマスクとシュラはそのサンタにしては派手な真っ赤な衣装に大人しく袖を通した。



「やはり、刺しゅうがあった方が美しいではないか」

三人で十二宮の階段を降りている途中、ふいにアフロディーテが呟いた。
今度は何だ、と云わんばかりに彼を見たシュラとデスマスクをほったらかして、アフロディーテは一人、袖口にあしらわれた刺しゅうを眺めては自分の腕の素晴らしさにほうっとため息をついた。

「これがパレードだったら、特別賞ぐらいはもらえたかもしれないけどな」

デスマスクがそうぼやいてもアフロディーテは振り向かないまま。

「まあ、いささか派手だとは思うが、サンタに見えるからいいのではないか?」

アフロディーテがまた怒り出さないように、と気を使ってシュラがふいに刺しゅうを見て目を細めた。

「昔、母さんが刺しゅうをした靴下を作ってくれたな」
「――お前もか?俺んとこもだ」
「私のところもそうだったよ」

デスマスクが驚いてシュラの顔を見たとたん、ずっと前を歩いていたアフロディーテがそう言葉を投げかけてきた。

「そういや、ヒイラギとかそりとか、色々縫ってあったなあ」
「それをベッドにぶら下げて眠ったものだ」
「次の日の朝、どんなプレゼントが入ってるのかってドキドキしながら、な」

横一列に並び、階段を降りながらそう三人で顔を見合わせて笑う。

「実はここにもあるのだ」

そう言ってアフロディーテが取り出したのは小さな赤い靴下。

「あの子のベッドにも下げてやろうと思ってな」

アフロディーテの白い指の先、真っ赤な靴下に刺しゅうされた銀色の糸が、月明かりに反射してきらりと光を放った。


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