「あ〜あ……」

鮮やかに澄み切った空が少しずつ赤くなっていくのを見ながら
は今日何度目かのため息をついた。

「雪、降らないよね」

冬でも暖かいアテネの町に雪など降るはずもなく。

「雪〜。ふれふれ、雪〜」
「ため息をつくと幸せが逃げていくというぞ?」
「あ、アフロディーテ」
「おやおや、ずいぶんな挨拶だな?」
「だってぇ〜……」

窓枠にぶら下がるように座り込んだに笑いながら。

「そんなに雪が見たいのか?」
「もちろん!」
「クリスマスだからか?」

その質問には首がもげそうなほど縦に激しく振る。

「だって! 今までクリスマスに雪が降ったことなんて一、二回しかないのよ!?」
「そうか? 私の小さい頃は毎年がホワイトクリスマスだったぞ?」

そういうとアフロディーテは軽く目を閉じ往年の名曲をくちずさむ。

「ビング・クロスビーも真っ青の歌声ね」
「ほめ言葉として受け取っておこうか」

そう二人で笑っていると。

「二人して何を話してたんだ?」
「あ、アルデバラン。お仕事ご苦労さん」
「今日は以外と早かったのだな」
「クリスマスパーティーの準備でな、少し早く終わったのだ」
「少しって言ってももう約束の七時まで時間ないよ?」
「だからここで時間を潰そうと思ってな」
「ええ? うちは休憩所じゃないのに〜!」
「もとは休憩所だろう?」
「うぅ。それを言われると……」

雑兵の休憩所だった小屋を改造したの家は黄金聖闘士の休憩所、もとい溜まり場と化しつつある。

「そういえば今年の幹事はムウとアイオロスとカミュだったかな?」
「珍しいといえば珍しい組み合わせよね」

楽しみの少ない聖域ではそんなことも注目の的。

「そういえば話は変わるんだけどね。アルデバランはホワイトクリスマスを過ごしたことがある?」
「ホワイトクリスマス?」
「雪の日の聖夜のことだよ」
「クリスマスに雪か。赤道直下のブラジルでは雪は降らないぞ?」
「え? でもアフリカでも雪は降るでしょう?」

その時アフロディーテがくすくすと笑い出した。

「何? 何かおかしいの?」

口を押さえて笑いながらアルデバランにそっと耳打ちすると、つられたかのようにアルデバランも笑い出す。

「え? 二人で内緒ごと? 私もまぜてよ〜!」

二人の目線のはるか下、地団駄を踏みながら不機嫌そうにそう言ったにさらに笑いは増長される。

「ふふ。はブラジルがどこにあるか知ってるか?」

ふいに問いかけられては少しばかり意外といった顔をした。

「もう、私を馬鹿だと思ってるでしょ。そんぐらい知ってるよ。メキシコの南、赤道のちょうど下あたりでしょう?」

頭の中に世界地図を思い浮かべながら答えると。

「では、北半球と南半球のどっちかな?」
「は? ん〜……南半球!」
「正解だ。では、南半球で十二月は夏? それとも冬かな?」
「な、夏か冬かですって……?」

(季節ってどこもおんなじじゃないの? そもそもブラジルに四季ってあるわけ?)

アフロディーテの出した問題に頭をかかえて考え出したにふっとため息をつくと、ヒントだぞ、と付け足してアルデバランが教えてくれた。

「同じ南半球のオーストラリアではサンタはサーフボードに乗ってやってきたりするそうだぞ」
「サーフボード?」

さりげなく出したアルデバランのヒントにアフロディーテは少し悔しそうな顔をした。まるで、それではわかってしまうだろう、とアルデバランを責めるように。
しかし当のにはまったく伝わらなかったらしく、ますます頭を抱えてうんうんとうなるのみ。
しかもその目は『この人何言ってんの? サンタはそりでしょう?』とでも言いたげに彼を見つめている始末。

「はは……。ヒント聞いたら余計わからなくなっちゃった……」
「「おい……」」

今のは最大のヒントだろう……と二人が思ったのは言うまでもない。



「お〜い。行かないのか〜?」

ちょうどその時、ミロやアイオリアたちが階段を登りながら声をかけてきた。時計を見れば約束の時間まであとわずか。

「何を話し込んでたんだよ?」

ニヤリと笑ったデスマスクに嫌な予感を感じつつ、『この人は知らないだろう』とヤマをかけたは先ほど自分にぶつけられた質問をぶつけた。
そして次の瞬間響く馬鹿笑い。

「俺がそんなことも知らないとでも思ったのかよ?」
「思った!」
「えらくストレートに言うじゃねぇか、このクソガキ」
「クソガキじゃないよ! うら若き乙女です!」

どこが、と誰もが突っ込みを心の中でしたその時。

「馬鹿者。十二月は冬に決まっているではないか」

凛とした声が背後から聞こえた。声の主は今まで後ろで黙って二人のやりとりを聞いていたシャカ。

「八月は夏、十二月は冬。そのようなこともわからないのかね?」

そう言い放つと勝ち誇った笑みでデスマスクを見る。そのあまりの尊大さに誰も声さえ出せず。

「そ、そうだな。十二月は冬に決まってるよな……」

みんなが知ってか知らずかうなずくと、シャカはさらりと服のすそを翻し。

「さあ、行くぞ」

誰よりも楽しそうに教皇の間の扉を開けた。

「なんかあいつが一番楽しみにしてないか?」
「俺もそう思った」

誰ともなしにそう言うとわらわらとシャカの後に続く。その時、一番後ろで扉を閉めようとしていたサガの服をひっぱる手があって。

「どうした?」

優しく微笑んだサガの目に上を見上げるの顔が映る。

「結局、南半球の十二月は夏なの? 冬なの?」

あまりにも率直なその質問に、そのままサガの笑顔が凍る。

「今、何と?」
「だから南半球の十二月は夏なの? 冬なの?」
「……知らんのか?」
「うん」

たてに勢いよく首を振ったにサガはめまいを覚えながら。

「――夏だ」

その言葉にはしばらく考え込んで。

「じゃあ、アルデバランはホワイトクリスマスを過ごしたことはないのね?」
「……そういうことになるな」

その答えを聞くとは納得したように二、三回うなずくと何か呟きながら扉の奥に消えた。
後には唖然としたままのサガが一人。

「おい。早くも老人ボケか?」

少し遅れてきたカノンが声をかけても微動だにもせず。

「変なやつ。……まあ、元から変だけど」

そう残してカノンが消えた数十秒後。

「カノン! 私のどこが痴呆症の変人だというのだッ!」

勢いよく扉を閉めるとすでに騒ぎの起こりそうな教皇の間へと走っていった。


<THE END>