「ハッピーバースデー私!」
大声で叫んでの朝は始まった。爽やかな朝の光……訂正、午前中の光を浴びてうーん、と一発あくびと背伸びをすると小さな掛け声をかけベッドを飛び降りる。
「本当はさ、午前0時に『ハッピーバースデー……』なーんて、白馬の王子様が花束くれると嬉しかったんだけどさ……」
そんなことをぶつくさ呟きながら、先週買ったばかりの洋服に袖を通す。
性格は(それなりに)難なし、容姿もきわめて普通。そんなごくごく普通の女性に白馬の王子様が目をつけるはずもなく、今日も今日とて一人寂しく「独身庶民」な一日を過ごすのである――はずだったのだが。
「ん? 誰だろう、こんな朝早くから」
言っておくが時計はすでに十時を回っている。しかし、そんなことを気にするではない。あくまで「朝早く」の訪問者が立てたノックの音に返事を返すと、すでに開きなれた、少したてつけの悪い木のドアを勢いよく開いた。
「あれ? 皆揃ってどうしたの?」
の目に飛び込んできたのは見慣れた面々。ここ聖域で最強と謳われる黄金聖衣をまとった黄金聖闘士の十二人、そして相変わらず雑兵服のカノン、またまた相変わらずの重々しい教皇服に身を包んだシオンだった。
何かあるのか、と不思議そうな顔をしたとは対照的に彼らの顔はどこか晴々しい。
そんな彼らの顔に疑問を抱いたがそれを言葉にしようとした時。
「、誕生日おめでとう」
普段の姿からは想像もできないほどにっこりと微笑んだシオンの言葉には唖然とした。
まさか、まさか彼らがの誕生日を知っているなど、夢にも思わなかったからだ。
「どうして、それを……」
「我らが知らんとでも思っていたのか?」
「え? でも教えた記憶は……」
「そんなもの、最近の女神の行動を見ていればわかる」
そこまで言われてはやっと、ここ最近の自分のいとこのはしゃぎようを思い出した。確かに彼女の行動は、何があるのか、なぜそんなにはしゃいでいるのかぐらい一般人でもわかるほどのものだった。
「これは私たちで用意したものです。あなたのお気に召すかどうかはわかりませんが……」
「え? 何これ?」
「何と言われても……。誕生日といえばプレゼントでしょう」
そう言って差し出されたムウの手に乗っていたのは、綺麗な包装紙でくるまれた箱。
それを受け取った瞬間、の心に言葉にできないほどの感動の波が押し寄せてくる。
「あ、ありがとう……」
「いいえ、どういたしまして」
ようやくそれだけ言ったにムウが笑顔で返す。これもまた普段のたまに意地悪い彼からは想像もできないほど穏やかな笑顔である。
そう考えてみると、今日の黄金聖闘士たちは皆どこかおかしい。普段無愛想だといわれている者たちも妙な笑顔をたたえているし、あのデスマスクやシャカでさえも口元に微笑をたたえている。
しかし、悲しいかな。感動で胸がいっぱいのにはそれに気付くことはなかった。ただ、皆が自分の誕生日にプレゼントを用意してくれていた。それだけで頭の中がいっぱいで。
「本当に、ありがとう」
「礼などいらん。誕生日だろう?」
そう言ったアイオロスにこくこくと頷いて、はもう一度、手の中にある箱に視線を移す。
「さあ、私たちは仕事がありますからこれで」
「え? もう?」
いつも家に上がりこんでは大騒ぎの連中だけに、その言葉には目を丸くした。しかし、の制止に笑顔で答えるだけで、の家の前に集まった黄金聖闘士たちはさっときびすを返して今来た道を戻っていく。
「な、なんだったんだろう?」
しばし呆然としていたもはっと我に返る。そしていそいそと家の中に戻ると、はやる気持ちを抑えながらも、先ほど彼らからもらったプレゼントの包みを解き、小さな金色の箱を開いた。
その箱の中に入っていたものは――。
「あいつら! 絶対に許さーん!!」
彼らが帰ってから数分後。ビックリ箱を床に払い落とすの怒号が小さな小屋にこだました。
もちろん、そのプレゼントは余興に過ぎず、その夜開かれたパーティーでは彼らから改めてそれぞれの思いが込められたプレゼントをもらったのだが――。
「笑いを堪えるのに必死だった」とは、デスマスクの弁。
そして当然ながら、それからしばらくはそのことでからかわれることになるのだった。
<THE END>